私のこと
「なんで、私たちは狙われているの?」
もう一度、今度は、覚悟した声で私は聞いた。
琴音さんは、私を見て、ふっと微笑み、話し始めた。
「私たちの家の名前は「マレナ」。
マレナには決まりがあって、家をつぐ人(当主)は必ず「マレナ」の名前を継がなければならないの。ほかの兄弟は結婚したら、夫や妻の家の名前を名乗ることになっている。
「マレナ」を継げるのは、強い魔力を持つ者だけ。継いだ人が誓いを立てると「天使」になれる――次の「マレナ」を生むまで死なない代わりに、強力な力を得るの。兄弟たちも強い魔力は持っているけれど、「マレナ」を継いだ人だけが目に金と青のグラデーションが現れる特別な兆候が出る。
そして今のマレナは、あなた、天花よ。」
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頭の中がハテナで埋め尽くされて、視界が揺れた。どういうこと? 理解不能。
私が口をパクパクさせていると、琴音さんが肩をすくめて、簡単にまとめてくれた。
「まあ、簡単に言うとね──私たちは特別で、その中でもあなたが一番特別ってこと」
「……特別……?」
余計に分からなくなる私をよそに、琴音さんは続けた。
「さっき氷漬けにしちゃったから、目をつけられたのよ。明日、あなたを引き取るわ。他の兄弟たちも迎えに行かないと」
「えっ!? あの氷、琴音さんがやったんじゃなかったの!?」
あまりにも信じられなくて、思わず聞き返してしまった。
琴音さんは苦笑し、首をかしげる。
「魔法は封じていたはずなんだけどね……やっぱり命の危機だと破っちゃうみたい」
一瞬、時間が止まったような気がした。──あれは、私がやったことだったの?信じられない。でも、復讐のためには力が必要だから、良かった…よね?うん、良かった。
あ、そういえば──なんで記憶を戻さないんだろう。
その方が早くて楽なのに。疑問に思った私は、思い切って聞いてみた。
「ねえ、琴音さん。記憶を戻した方が早いのに、なんで戻さないの?」
琴音さんは、少し間を置いてから答えた。
「いろいろ理由があるんだけど……一番の理由は、痛みかな。記憶を戻すとき、ものすごく頭が痛くなるのよ」
私は胸をなで下ろした。
――そうなんだ。痛いのは嫌だし、むしろ戻さなくて良かったかも……。そう思っていると、お母さんが静かに口を開いた。
「本当のことを言うんじゃなかったの?」
その言葉に、空気が凍りつく。
「え……?」
私の心臓がひとつ大きく跳ねた。
うそ、でしょ。琴音さん、嘘……ついてたの?
「………」
琴音さんは戸惑った顔をしたまま、口を閉ざしてしまった。
「どういうこと? ねえ、本当のことを教えるって言ったよね……?」
私は自分でも分かるくらい、少し声に威圧感が混じっていた。
だって当たり前じゃない。嘘はつかないって約束したのに。
お母さんも、じっと琴音さんを見つめて口を開いた。
「記憶を戻すときに痛みがあるなんて、私も聞いたことがない。妹思いのあなたなら、絶対にそんなことしないはずよ。どういうことなの?」
琴音さんは小さく目を伏せ、そして決意したように口を開いた。
「……じゃあ、本当のことを言うね」
一瞬、空気が張り詰める。
「記憶と一緒に、あなたの“傷”の痛みも消してあるの。あなたの傷は、そうしなければ痛みが引かないし、消えないものだった。だから、記憶を戻せば、必ず“痛み”も戻ってくる……だから私は、戻したくなかったの」
その声は、かすかに震えていた。
「あなたが怪我をしたのは、あなたが3歳になる直前ね。ちょうど、私は、9歳だった。だから、多分、私に取っては…………。」
琴音さんはそこまで言って、ふと口をつぐんだ。
「……ごめん。今の“だから”は、忘れて」
小さく笑って、でもどこかすまなそうな顔で続けた。
「言葉で表せないくらい……きっと痛かったと思う。だから、私は……言いたくなかった。
守るための嘘って、必要なときがあるから……」
説明のような、言い訳のような言葉だった。
その声は、だんだんと小さくなっていって──まるで、自分にも私たちにも、言い聞かせているようだった。
シーンとした空気が、私たちの間を流れた。
胸の奥がざらざらする。知りたくなかったことかもしれない。でも、私が尋ねたのだ。琴音さんも、両親との記憶も、このまま忘れたままではいやだ。
復讐のためだけれど、違くても、私はそうした。痛みを、ただ受け止めて、強くなりたい。
だから――。
「いいよ。記憶を戻しても。……いいよ。」
私は、はっきりとそう言った。
それが、私の答えだった。
琴音さんは、目を丸くして私を見た。しばらく、何かを言いかけては飲み込み、やっとのことで口を開く。
「本当に……? 記憶を取り戻してほしいのは、私の気持ちでもあるけど……無理は、しないでね。」
その声には、私を説得しようとする強さと、同時に、どうしても私に記憶を返したいという願いが滲んでいた。
でも最後には、心配する響きが勝っていた。
「いいよ。」
私は答える。少し間を置いてから、続けた。
「あ、でも……琴音さんと両親が住んでいた場所に引っ越してからがいい、かな。」
私の気持ちは、なにがあっても変わらない。
記憶の重さも、痛みも、そのすべてを、私は受け止めたいと思った。
琴音さんは、そんな私をじっと見つめ、少しだけ目を伏せて、小さく笑った。
「やっぱり、天花は、変わらないね。」