夢の中の人
恐る恐る目を開けてみると、目の前には、大きな氷の中に“何か”が閉じ込められていた。
「誰が……?」
誰がやったのか、そう聞こうとしたけれど、理沙ちゃんはすぐに冷静さを取り戻し、
「逃げよう!」
と言って、私の手を引いて走り出した。
少し走った先で、人の姿が見えた。
その女の人は、私たちを見ると、目を見開いて少し驚きながら、
「大丈夫? あなたたち、どうしてここにいるの?」
と声をかけてきた。
青い髪に、青い瞳。優しそうな顔。
私は、その人の顔が、夢の中で見た「お姉ちゃん」にそっくりだったので、思わず言葉を失ってしまった。
理沙ちゃんは、人がいたことに安心したのか、ぽろぽろと泣き出してしまった。
「大丈夫?……あ、この近くに、変な奴いなかった?」
と、その人は少し声をひそめて聞いてきた。
その言葉で我に返ったのか、理沙ちゃんは、
「そうなんです。変な、真っ黒いやつが追いかけてきたんです。確か、向こうで氷に閉じこめられていました。もしかして、お姉さんがやってくれたんですか? ありがとうございます!」
とはきはき答えた。
私も、ようやく口を開くことができ、
「すみません……家まで、連れて帰っていただけますか?」
と尋ねた。
その人は、少し驚いて私を見ながら、
「えっと…ええ…そうね…。」
と、曖昧な答え方をした後、
「じゃあ、家まで送ってあげましょう。ここからは、もう安全よ。家は、どこにあるのかしら?」
と、優しく聞いてきた。
私たちは、家の住所を答え、その人についていった。
そして、家の近くに着いたときには、もう6時を過ぎていた。体感では一時間くらいしか経っていないはずなのに。不思議だった。
私たちは、理沙ちゃんの家の方が近かったので、まず先に理沙ちゃんの家へ向かった。
「ただいまー、ママ!」
理沙ちゃんは元気よく玄関の扉を開けて中に入った。すると、お母さんが心配していたのか、すぐに玄関まで出てきて、理沙ちゃんをぎゅっと抱きしめた。
「どうしたの?こんなに遅く帰ってきて……心配したのよ」
と、理沙ちゃんに声をかけた。すると理沙ちゃんは、
「あのね、変なところに迷い込んじゃって、変な真っ黒いやつに追いかけられたんだけど、このお姉さんが助けてくれたの!」
と、まるで何でもなかったかのように話した。
理沙ちゃんのお母さんは、信じられないような表情を浮かべ、
「大丈夫? もしかして、あなたが何かしたんじゃないでしょうね!」
と、お姉さんを睨んだ。
すると、お姉さんは落ち着いた声でこう言った。
「すみません、白瀬琴音と申します。実は、あなたのお子さんが魔法で作られた空間に迷い込んでしまって……それを私が見つけて、送り届けたんです。魔法の世界から悪いものが出てきてしまっていて……」
えっ、琴音さんっていうんだ。そういえば、名前を教えてもらっていなかったな。
理沙ちゃんのお母さんは一瞬、言葉を失っていたが、琴音さんが続けた。
「すみません、この子も送り届けないといけなくて……。連絡先をお伝えしますので、あとでメッセージをいただけますか?」
その言葉で、理沙ちゃんのお母さんは我に返り、
「ごめんなさい、疑ってしまって……」
と謝った。
いや、よくそれで信じるな、って思ったけど……そういえば、理沙ちゃんのお母さんって幽霊とか信じてたな。
「大丈夫です。こちらこそ、すみません」
と琴音さんも頭を下げた。
「バイバイ、天ちゃん!」
「バイバイ、理沙ちゃん!」
私と理沙ちゃんは声をそろえて言った。
◈◈◈◈◈◈◈
「ピンポーン」
インターホンが鳴り、私は鍵を回してドアを開けた。
「ただいまー!」
元気よく玄関に入ると、すぐにお母さんが駆け寄ってきた。
「大丈夫だった? けがはない?」
心配そうに私の顔を覗き込む。ここまでは、理沙ちゃんのときとほとんど同じ流れだ。
「うん、大丈夫。琴音さんが送ってくれたの。変な真っ黒いものがいたけど、琴音さんが追い払ってくれたから」
私は何事もなかったかのように明るく言った。ここまでも、理沙ちゃんとほぼ同じ。
「よかった……。でも天花は、巻き込まれないはずじゃなかったの? 巻き込まれないためだったんじゃないの?」
お母さんは、ほっとしたような表情をした後、琴音さんに、少し強めに聞いた。
え……? どういうこと?
さっきまでは理沙ちゃんと同じ流れだったのに。
知り合い? でも一度も会ったことも聞いたこともないから、違うはず……。
「あの……どういう意味……?」
問いかけようとしたそのとき——
「まあまあ、いろいろあって……。返してもらえます?」
琴音さんが私の言葉を遮った。
“返してもらう”? お母さん、何か琴音さんに借りているの?
私はお母さんを見つめる。するとお母さんは、私の視線に気づいたのか、一瞬だけ暗い目で私を見返し、そのあと慌てて取り繕うように微笑んだ。