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日常

◈◈◈◈◈◈◈(天花視点)


「行ってきます!」


元気よく家を出る。

今日は久しぶり――といっても一日ぶり――の学校だ。

けど、元気なのは表面だけ。

(やだなあ。行きたくない。)

心の中でそうつぶやく。


『そんなこと言ってもしょうがないよ。ほら、歩け歩け。』


天音は、ふわふわ浮きながら軽い口調で言う。

(いや、あんたは浮いてるから。)

と、心の中で返した瞬間――


『聞こえてますよ~?』


天音が笑いながら耳に手を当てる。

(……知らんし。)

思わず吹き出しそうになって、慌てて顔を引き締める。

変な人に見られたくない。


『取り繕うの上手くなったね?』


天音が覗き込みながら言う。

(原因はそこの浮いてるあなたなんだけど……)

もう、顔の筋肉を動かさずにツッコミを入れるのも慣れたものだ。

ふと、

(……これ、無意識に訓練されてない? 私。)

と気づく。

こんなふうに、どうでもよさそうで小さな“新発見”を拾っているうちに、学校が見えてきた。


『ほらね、考えてると着くの早いでしょ。』


天音が得意げに言う。

軽口を叩き合いながら歩いていたら、本当にあっという間だった。


「天ちゃん、おはよう!」


教室に入ると同時に、友達が手を振ってくる。


「あ、久しぶり! ごめんね、風邪引いてて……」


申し訳なさそうに笑って謝る。

(嘘は、やっぱり慣れないなあ。)

ほんの少し前まで、嘘なんて必要なかったから。


「ううん、大丈夫だよ!」


明るい返事が返ってきて、ほっとした瞬間――

ガラリ、と教室の扉が開いた。


「おはよう!」


振り向くと、いつもと変わらない笑顔の理沙ちゃんが立っていた。


「あ、おはよう、理沙ちゃん!」


みんなが理沙ちゃんに挨拶を飛ばす。私も続いて、


「おはよう!」


と笑顔を向ける。

理沙ちゃんも、


「おはよう、天ちゃん!」


といつも通りの声で返してくれた。――声だけは。


けれど、目は絶対に合わせない。

自然を装っているけど、わざと距離を取っているのが分かった。


(ああ、やっぱり……。)


胸の奥がじわっと重くなる。

多分、顔に出てしまったのだろう。


「大丈夫?」


「なんかあった?」


まわりの子が心配そうに覗き込んでくる。


「あ、うん。大丈夫。」


慌てて笑顔を作る。

でも、頬が少し強ばっているのが自分でもわかった。


悲しい自分と、それを横から眺めているような冷静な自分。

両方が胸の中にいて、どちらも動かない。


その日は、理沙ちゃんの近くにいるのに、触れられないような距離をずっと感じていた。

声も仕草も変わらないのに、心だけがじわじわ離れていくようで――

景色が少しずつ灰色に染まっていくのを、私は他人事みたいに冷静に見つめていた。


次の日も、その次の日も、色が戻ることはなかった。

日常はどんどんつまらなくなり、魔法の練習をしている時間のほうが、よほど“息ができる”と感じるようになっていった。


気づけば、笑顔を作るのも、もっともらしい話をでっち上げるのも、

心を一定の温度に保つのも、どんどん上手くなっていた。


まわりの子たちが、私と理沙ちゃんの空気の変化に気づき始めた頃、

私は静かに転校した。


新しい学校では、最初から誰とも深く関わらなかった。

必要最低限の言葉だけで、感情を閉ざして生きるのは、前よりずっと楽だった。


その結果、私に向けられる評価はひとつ。


――“冷たくて、近寄りがたい人”。


それは間違っていなかった。

けれど、どこかで、仕方ないとさえ思っていた。


(周りと関わるより、自分のために動いたほうが、よっぽどまし。)


理沙ちゃんとの一件から、私ははっきりとそう学んでいた。


昼は学校――もちろん、授業の合間や帰り道、時には授業中に遠くのもの使い、こっそり魔法の練習。

夜は、復讐相手の情報集め。

ときどき建物に潜入して証拠を探すこともあって、

“充実”と言えば充実していた気もする。(まあ、ふつうの中学生の生活じゃないけど。)


そんなある日、お姉ちゃんが突然言った。


「ねぇ、魔法学園行ってみない?」


正直、最初に浮かんだ感想は“面倒”。

でも、隣で天音がすぐ飛びついた。


『おもしろそう! 行こう! それに情報も集められるかもしれないし!』


……それを聞いた途端、行かない理由が消えてしまった。


「……まあ、いいけど。」


そんな軽い返事で決まった進路だけど――

この一歩が、後戻りのきかない道の入口だった。


───私の復讐の物語は、まだ始まったばかりだ。

これで、やっと、本格的に始まる!

(嘘じゃないよ?ほんとだよ?……………多分)


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