帰り道
ちょっとホラーです。苦手な人は下がってください。
その大きなニュースがテレビで流れた夜、私はまた、あの夢を見た。
たまに見る、不思議で、懐かしい夢だ。
夢の中の私は、なぜか知らない人を「お母さん」と呼び、見知らぬ人たちを「お父さん」や「お姉ちゃん」だと信じている。
誰なのかもわからないのに、心の底から――好きだと感じている。
ただの、平凡で穏やかな日常。
でも――今回は、違っていた。
夢の中の「私」は、「お母さん」から魔法を教わっていたのだ。
◈◈◈◈◈◈◈
『いい? 魔法って、簡単に人を傷つけられちゃうの。だから、大きくなるまでは……お母さんの前でしか使っちゃだめよ』
お母さんは、やさしく、けれど少しだけ厳しく、私にそう言い聞かせた。
『大きくなるまでって、いつ?』
私が幼い声でたずねると――
『魔法をきちんと制御できるようになって、世界のことをもっと知れたら……そのときが、きっと「大きくなった」ってことかな』
そう言って、お母さんは笑った。
その笑顔は、太陽みたいに温かくて、でも、どこか遠く感じられた。
◈◈◈◈◈◈◈
「朝ごはんできたよー」
現実のお母さんの声で、私は目を覚ました。
やっぱり、あの夢はどこか懐かしい。行ったこともない場所、会ったこともない人たちのはずなのに。
魔法なんて、平凡な私には使えない。(使える人もいるみたいだけど)
それでも――胸の奥が、ほんの少しだけ、じんわりと温かかった。
「はーい、今行くー」
深く考えるのは、やめておこう。
そう思いながら、私は布団を抜け出して、リビングへと向かった。
◈◈◈◈◈◈◈
次の月曜日――
教室の中に私は元気よく入った。今はまだ早いので、人は少ない。
「理沙ちゃん、おはよう!」
私は、高橋理沙に声を掛けた。理沙ちゃんは、黒髪でショートカットが特徴の可愛い元気な女の子だ。
「おはよー、天ちゃん!このあいだのニュース、見た!? めっちゃすごかったよねー!」
理沙ちゃんが、くるっとふり向いて言った。
ちなみに、「天ちゃん」っていうのは、わたしのあだ名。
「うんうん! やっぱり、みーんなその話してるよね!」
わたしもニコニコしながら返した。
「だってさー、魔法だよ!? 本物の魔法! しかも、ちょーかっこいい人だったし!」
理沙ちゃんは、手をぶんぶんふりながら大はしゃぎ。
「えー、かっこいいのは関係ないでしょ〜。……でも、ほんとにすごかったよね!」
わたしはちょっと笑いながら、つっこんだ。
「あ、先生が来た。バイバイ!」
理沙ちゃんはそう言うと自分の席に戻ってしまった。にしても、私もまだ信じらんない!魔法なんて物語の中だけだと思ってた。
皆が浮き足立っているのを感じとったのか、先生は、
「魔法が実在するのがすごいのは分かった。けど、学校の授業はきちんと聞けよー!」
と呼びかけた。確かに、ちょっと上の空だったかも。反省反省。
◈◈◈◈◈◈◈
放課後――
「天ちゃん、一緒に帰ろー!」
理沙ちゃんがニコニコしながら声をかけてきた。
「うん、いいよ!――あっ、そうだ!あの、魔法の世界の動画、見た!? すっごかったよね!」
わたしはすぐに返事して、話しかけた。
「見た見た!ほんと、魔法ってすごいよねー!」
理沙ちゃんも、目をキラキラさせてうなずく。
そんなふうに、ふたりで魔法の話をしながら、楽しく帰ってた――はずだった。
いつもなら、もうとっくに家に着いてるはずなのに――
どれだけ歩いても、ぜんぜん着かない。
それどころか、気がついたら、知らない場所に立っていた。
わたしと、理沙ちゃんのふたりだけ。
「ねえ……家の近くにさ……こんな場所、あった……?」
理沙ちゃんが、声をふるわせながらたずねてくる。
「……ないよね。」
わたしたちは目の前の空き地を見つめた。
見たこともない空き地。
うちの近くに、こんなところなんてなかった。
それに、人がぜんぜんいないのも、すごくおかしい。
このへんは、いつも人通りが多いはずなのに。
「ね……え……あれ……なに……?」
理沙ちゃんが泣きそうな声で言って、震える指をのばす。
その先には――
**真っ黒で、人の形をした“何か”**が、じっと立っていた。
「わ、わからない……。」
わたしも、声がふるえていた。
逃げようとした。けど――足が震えて、動けない。
声も出ない。体が、石みたいに固まってしまった。
その“何か”は、こっちに向かって、だんだん近づいてくる。
ゆっくり、静かに。
音もなく、するすると、まるで影みたいに。
そして――
それは、いきなり襲いかかってきた!
「「いやーーっ!!」」
私たちの叫び声は、だれにも届かず、静かな街に吸いこまれるように消えていった。
“何か”が、もうすぐそこにいる。
もう、だめかもしれない……。
私は、ぎゅっと目をつぶった。
痛いのが来る、そう思って――
……でも、なにも来なかった。