ペンダント
この間、二話、投稿できませんでしたあ!
ごめんなさい。
◈◈◈◈◈◈◈
目が覚めたら、もう朝だった。
カーテンのすき間から、やわらかな光が差し込んでいる。
枕元には、昨日泣いたあとが少し残っていて、
目の奥がまだじんわりと痛い。
眠い目をこすりながら、階段を下りる。
木の段を踏むたびに、かすかに軋む音がした。
リビングに入ると、もうみんな起きていた。
朝の光がテーブルの上のカップを透かして、
淡い影をつくっている。
「おはよう、天花。理沙ちゃんは、もう帰ったよ。」
お姉ちゃんの声が、いつもより少し優しく聞こえた。
「……うん。わかった。」
そう答えながら、できるだけ笑顔をつくる。
けれど唇の端がうまく上がらなくて、
胸の奥がきゅっと痛んだ。
(うまく、笑えているかな。)
「ん? どうかしたのか?」
お兄ちゃんが、私の顔をのぞき込みながら聞いてくる。
その顔があまりに真剣で、少しだけ目をそらした。
「仲良かっ――いたっ!」
言いかけたお兄ちゃんが、顔をしかめた。
お姉ちゃんが、ためらいなく足を踏みつけていた。
(痛そう……。)
『自業自得よ。』
「自業自得ね。」
天音とお姉ちゃんの声が、まるで打ち合わせたみたいにぴったりそろう。
一瞬、時間が止まった気がした。
――ぶはっ。
我慢できなくなって、吹き出した。
笑いながら涙がにじむ。
『良かったじゃない。笑えてるよ。』
天音が、やさしく微笑みながら言った。
その笑顔が光のように胸にしみて、心の奥で何かがほどけていく。
(あ、ほんとだ。笑えてる。)
胸につかえていた重たいものが、少しだけ軽くなった気がした。
「天ねえ、おはよー。」
「あ、心愛、おはよう。」
声を交わすだけで、部屋の空気が明るくなる。
私は自然と口元がゆるんだ。
「じゃ、今朝ご飯とってくるね。」
お姉ちゃんが小走りでキッチンに向かい、
食器の軽やかな音がリビングに響く。
焼きたてのパンの香りがふんわりと漂った。
やがて、お姉ちゃんが皿を運んできて、私の前に置く。
「ありがとう。お姉ちゃん。」
「どういたしまして。――あ、後で話があるから、私の部屋きてね。」
その声はいつもより少しだけ柔らかくて、
けれど、どこか真剣な響きも混ざっていた。
「わかった。」
軽く返事をして、椅子に腰を戻す。
湯気の立つスープから、ほのかに野菜の香りが漂っていた。
「いただきます。」
両手を合わせ、静かに呟く。
スプーンを動かすたびに、陶器が小さく鳴る。
その音が、朝の静けさに溶けていった。
気づけば、いつのまにか皿の上は空になっている。
味を感じたような、感じなかったような――けれど、不思議と温かかった。
「ごちそうさまでした。」
食器を丁寧に重ね、台所に持っていく。
手の中の食器はまだ少し温もりが残っていて、
それが、現実へと戻る小さなきっかけのように思えた。
静かに階段をのぼる。
お姉ちゃんの部屋の前に立ち、ノックをしようとした指先が、ほんの少しだけ震えた。
こんこん――と、軽くノックをする。
その音が、静かな廊下にやさしく響いた。
「いらっしゃい。」
すぐにドアが開き、お姉ちゃんが顔をのぞかせる。
ふわりと髪が揺れて、柔らかな香りが空気に広がった。
「入って、入って!」
嬉しそうに微笑むその顔は、まるで朝の光みたいだった。
誘われるまま、私はそっと部屋の中へ足を踏み入れる。
部屋の中は、あたたかな光で満たされていて、外の冷たい空気とは別の世界のようだった。
「それで、話って何?」
少し緊張しながら、お姉ちゃんに尋ねる。
胸の奥が、どくん、と小さく鳴った。
「まあまあ、まずいすに座って。」
お姉ちゃんはそう言って、どこからかお茶とお菓子を取り出した。
湯気がふわりと立ち上がって、甘い香りが部屋を満たしていく。
(一気にお茶会みたいになった……どこからお茶とお菓子出てきてんの?)
『まあ、知らぬが仏っていうじゃない。早く座って。』
天音が軽い調子で言う。
(仕方ないなあ。)
そう思いながら、いすに腰を下ろす。
ふわり、とお茶の香りが鼻をくすぐり、
少しだけ、肩の力が抜けていった。
「天花。あなた、感情に任せて魔法を使ったでしょう?」
急に、お姉ちゃんの声が低くなった。
その一言で、空気がぴんと張りつめる。
驚いたのか、図星を突かれたのか、肩がびくりと震えた。
「……ごめんなさい。」
小さくつぶやいた私に、お姉ちゃんはすぐには何も言わなかった。
ただ、少し目を伏せて、それから、静かに顔を上げる。
「まあ、いいわ。いい? 魔法は便利だけれど、使い方次第で、人を傷つけることもできてしまう。
あなたは、“天使”という“力”を持っている。その力に飲まれないように、使い方には気をつけなさい。」
その声音には、いつもの優しさではなく、重みがあった。
胸の奥がぎゅっと痛む。理沙ちゃんの、あの恐怖に満ちた目が浮かんだ。
(……たしかに。あのとき、私は怒りに任せて――)
手のひらを見つめる。そこに残るのは、まだ消えきらない光のあと。
それが、罪のように思えた。
「わかったなら、考えなさい。これからどうするのか。いろいろな経験を積んで、考えを深めなさい。」
お姉ちゃんの声は、やさしくも、どこか冷たく響いた。
その響きが、心の奥の迷いに触れた気がした。
私はうなずいて、部屋を出た。
静かな廊下を歩きながら、頭の中ではお姉ちゃんの言葉が何度も反芻される。
自分の部屋に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
天井の模様がにじんで、呼吸が浅くなる。
「復讐はしたいけど……覚悟が決まってないな。」
かすれるような声でつぶやく。
『そりゃそうよ。すぐに答えが出る人なんていない。
考え続けてれば、きっといつかは答えが出るよ。』
天音の声は、やさしくて、少しあたたかい。
ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。
「そうだ……ね?」
返事をしながら、ふと、胸の奥に何かが引っかかった。
(あっ――お母さんのペンダント!)
思い出した瞬間、体を起こして、机の方へと向かった。
引き出しの奥を探ると、古い箱が出てくる。
開けると、中には銀色のペンダントが静かに光を返した。
『ああ! あれだ!どこにあったっけって思ってたのよ!』
天音の声が弾む。
私は、ゆっくりとペンダントを握りしめた。
冷たいはずのそれが、なぜか少しだけ温かく感じる。
「……これを、試してみてから、考えよう。」
その小さな決意の言葉が、静かな部屋の中に落ちた。
この後、理沙ちゃん視点の話が入ります!
その後が、ペンダントのことです!




