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暗闇

切るの中途半端ですみません。

―――何も、なかった。

いや、なにも「見えなかった」と言うべきかもしれない。

空気が重く、黒い布の中に閉じ込められたみたいに、前がまるで見えない。


「理沙ちゃーん……いるの?」


闇に向かって声を投げる。

返事は、どこからも返ってこない。

静寂が、私の声を吸い込んで消えた。


拳をぎゅっと握り、息を吸い込む。胸の奥に少しだけ勇気をためて、

私は、一歩、闇の中へ足を踏み入れた。


『え、行くの?』


天音の声が、いつもよりわずかに震えている。

でも、私が振り向かずに進むと、彼女もすぐに追いかけてきた。


――コツン。足音が響くたび、暗闇が波打つように揺れる。

やがて、視界の奥に、光が差しはじめた。


その光は最初、針の先ほどだったのに、近づくほどに眩しく膨らんでいく。

そして――光の中心に、理沙ちゃんがいた。


「理沙ちゃん! 大丈夫!?」


私は息を呑み、駆け寄った。

理沙ちゃんは、何か言おうと唇を開いたが、私が駆け寄って来るのに気づいたら、

その言葉を呑み込み、ただ、かすかに目を伏せた。


「よかったぁ……あ、これ、理沙ちゃんのミサンガ。」


私は、ポケットから取り出したミサンガを差し出した。

光を受けて、糸が小さくきらめく。理沙ちゃんは一瞬目を見開き――


「あ、うん……ありがと。」


と、小さな声で答えた。

けれど、その表情には安堵よりも、わずかな怯えが混じっていた。


(どうしたんだろ……?)


私は首をかしげながら、ミサンガを彼女の手に渡す。

指先が触れた瞬間、理沙ちゃんの手が少し震えた。


『なにやってるの? もしかしたら罠かもしれないんだよ!』


天音の声が、耳の奥で鋭く響いた。

私は、内心でそっと反論する。

(でも、罠なんてなかったし……大丈夫。)


理沙ちゃんに向き直りながら、私は問いかけようとした。


「どうした? 不安そ――」


けれど、その言葉は、喉の奥で止まった。

理沙ちゃんの視線の先――そこから、

冷たい風がふっと吹いた気がした。

空気が重く、肌が粟立つ。

何かが、そこに「いる」。


「あら、もうばれちゃった?」


暗闇の中から、ひんやりとした空気と共に、女の人がすーっと現れた。

顔には、いたずらが成功したとでも言うような笑みが張り付いている。


「ああ、あなたが見ていたからなのね。使えない。」


理沙ちゃんをじっと見つめながら、吐き捨てるように、低くぼそっとつぶやいた最後の言葉。

その声が、背筋をぞくりとさせる。


『だから言ったじゃん!危ないって!』


天音が、少し泣きそうな声で私に言った。

私は思わず肩をすくめ、拳を握りしめる。


「だ…れ…?」


声が震える。

女の人の存在が、私の胸をぎゅっと押しつぶす。

視界の端まで重苦しい気配が押し寄せ、息を吸うのも苦しくなる――まるで暗闇自体が、生きているかのようだった。


「あら、気を失わないの?相当な魔力の量ね。あなたは例外として」


理沙ちゃんを見つめながら、女の人は口元に小さく笑みを浮かべる。理沙ちゃんは震えているものの、気を失ってはいない。


(でも、どういうことだろう。魔力量が関係するのかな。)


「あら、わからなそうな顔しているわね。私の魔力量は多くて、うまく使うと圧を出せるの。差がありすぎると気を失うわ。私の圧は、普通の人でも、ある程度強い人でも気を失っちゃうのに。」


にっこりと説明する女の人の声は、柔らかいのに、空気そのものが重く圧迫されるような感覚を伴っている。

(あ、やさしい人なのかな。攻撃もしてこないし。)


『騙されちゃだめだよ、天花。』


天音が女の人をにらみつける。

(でも、襲ってこないし…)

そう思ってうじうじしていると、暗闇の奥から――”何か”が矢のように飛んできた。生き物ではない、冷たく硬質な何か。


『天花!!』


「え……?」


動いたおかげで直撃は避けられたが、足にかすってしまう。


「いった!」


条件反射で叫ぶ私。痛みは微かで、私の持っている”傷”に比べれば大したことはない。


『大丈夫?そして、そんなこと考えない!』


顔を上げると、天音が不安そうに私を見つめていた。


「きゃっ!」


理沙ちゃんの声が響く。慌てて振り向くと、腕を押さえて倒れていた。


「だいじょ……。」


うっかり女の人の方に視線を向けると――その顔が見えた。

クツクツと笑い、私たちを見下ろすように。

ぞくり、と背筋が凍り、思わず足を止めてしまった。

その瞬間―――理沙ちゃんに向かって、黒い矢が飛んでいった。


「理沙ちゃん!」


私は、ただ叫ぶことしかできなかった。

矢は、理沙ちゃんに直撃し、ドサリ、と倒れ込む。


「うそ……?」


立ち尽くしてしまった私の耳に、天音の声が響いた。


『魔法!このためでしょう!?』


その言葉で我に返り、理沙ちゃんに駆け寄る。

腹に深く刻まれた傷に、治癒の魔法をかけ始めた。


「治って……?ね?」


じわりと視界が滲む。けれど、私は手を止めず、魔法を注ぎ続ける。

そのおかげで、傷口は少しずつ閉じ、理沙ちゃんの呼吸も徐々に安定していった。


「あーあ、残念。ちょっとずれちゃった。一撃でやりたかったなあ。」


女の人は、つまらなそうに呟く。

(は? なに言ってるの? あなたが奪おうとしたのは、命だよ。軽いものじゃなく、大切なものだよ?)


怒りで、視界が赤く染まる。ここまでの怒りは初めてだ。

(ああ、命の重みがわからないのね。なら、思い知らせてやる。)


私は怒りに身を任せた―――すると、ふっと意識が暗闇に落ちた。

ここから、やっと物語が本格的に始まります!(多分)

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