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王と歌姫  作者: さざれ
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 それからアリアは、「形ばかりの」花嫁になるため、付け焼刃の花嫁修業を施された。

 もちろん、普通の花嫁修業には程遠い。とりあえず普通に歩けるくらいの体にするために――それまでのアリアはしょっちゅう立ち眩みを起こしたりふらついて転んだりしていたので――栄養はあるが味のひどい食事を無理やり食べさせられるところから始まった。マイナススタートにもほどがある。わざわざ不味いものが選ばれたのはもちろん嫌がらせだ。

 それから、ノナーキーの言葉の習得。とはいえノナーキーで話されている言語はトーリアの言語が元になっており、むしろ語尾変化が少ないなど単純化していたので、トーリアで生まれ育ったアリアにとっては文法の習得が容易だった。単語については海に面した国ということもあり諸外国の影響が大きく、トーリアでは使われない単語が多数日常的に使われているようだが、覚えるのにそこまでの時間はかからなかった。

 他にも、トーリアの面目を最低限保つために所作を叩き込まれたり、花嫁衣裳をあつらえたり――ハロルドなどは死に装束だと臆面もなく言ってのけたが――、そうして三か月が過ぎた。

 国をまたいだ王族どうしの婚礼として、三か月の準備期間は短すぎる。だがそこには時間稼ぎをしようとするトーリアの意図があり、それをさせまいとするノナーキーの意図もあり、トーリア側が最大限引き延ばしての三か月だったのだ。

 アリアにとっては、命の刻限にも等しい。ノナーキーに着いてすぐに殺される可能性だってあるし、そうでなくても長く生きていられるとはとても思えない。トーリアが好戦的に再戦の準備を進めているのを見るに、アリアの死は遠からず確定している。

 だからと言って三か月をたとえば六か月や九か月に引き延ばしたいなどとも思わなかった。離宮の掃除や痕の残る折檻からは解放されたとはいえ、相変わらず居心地の悪い環境に変わりはない。王族たちは事あるごとにアリアを貶し、暴言を吐き、痕は残らないように痛めつける。教師として雇われた者たちも事情はあまり変わらず、雇い主たる王族たちの顔色を伺うばかりでアリアには冷たかった。そうでない者もいるにはいたが、すぐに辞めさせられた。針の筵状態を長く続けていたいとは思わない。

 学ぶことが楽しくないわけではなかったが、これもトーリアのためなのだと思うと、遠からず殺される身で身につけるのかと思うと、虚しさが募った。

 いったい、何のために自分はこうしているのだろうと。

 トーリアはアリアを捨てようとしている。ノナーキーはアリアを人質としてしか見ていない。アリアが何を学んでも、この事実の前には無力だ。

 そんな空虚な日々を過ごし――婚礼の日が、やってきた。


 アリアが船と馬車でノナーキーにやって来たのは婚礼の三日前だ。日程にあまりにも余裕がないが、下手にきちんと余裕を取ってアリアがノナーキーの要人と顔を合わせてしまうとぼろが出て突き返されかねないと思われたのだろう。

 トーリアは高地にあり、ノナーキーとの間には山々を挟むため、馬車では通りにくいところも多く時間もかかる。それよりも川を下っていく方が早いし確実だ。ゆるやかに流れる大河を船で下り、平地に出てからは馬車を乗り継ぐ。そうやってアリアはノナーキーに辿り着いた。

 日程に余裕がないので当然、海を見る余裕もない。そんなわがままを許すような状況でもない。死ぬまでには一目見られるだろうかなどと考えながら、アリアは軟禁されるようにノナーキーの城に閉じ込められ、トーリアからついてきた侍女たちによって花嫁らしく仕立て上げられ、婚礼の日を迎えたのだ。

 夫になる人物のことは、ほとんど名前しか知らない。

 第二十二代ノナーキー国王、エセルバート。

 名前以外にかろうじて知っていることはといえば、二十四歳であるということ、王みずから軍を指揮することもあるほどの武人だということ。後者については、そんな冷酷で残忍で好戦的な野蛮人のところに嫁ぐのなんてかわいそうに、とジュリアに哀れまれるていでせせら笑われたり、そんな人にわたくしが嫁ぐなんてごめんですもの、とクラリスから言われたりして知ったことだ。

(……確かに、体格は良いみたいだけれど……)

 ベールのせいで、隣を歩く彼のことがよく見えない。

 その代わり、アリアの顔も周りからほとんど見られずに済んでいる。婚姻成立までアリアの容貌が分からないようにと念入りに選ばれたベールなのだろう。確かにトーリアでは顔を隠す花嫁のベールが一般的だが、ここまで厳重に隠すものではない。緻密で目の詰んだ美しい布地だが、アリアにとってはほとんど目隠しになっている。エセルバートの腕に腕を絡ませることで、うつむいて足元を確認することで、なんとか転ばずに進めているといったありさまだ。

 祭壇に上るときは段差に少し焦ったが、ゆっくりと確かめるように歩いていたおかげで事なきを得た。

 そして誓いを交わし、エセルバートの手がベールにかかり……

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