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王と歌姫  作者: さざれ
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 城の主となる建物は、以前はよく訪れた場所だが、いかんせん離宮に押し込められた年月が長い。構造は変わっていないが雰囲気は様変わりしていて、懐かしいという感覚はあまりなかった。

 そもそもそんなことを感じていられる余裕もなかった。

 もつれる足を懸命に動かして二人の後を追う。そうでないと早く進めと蹴られたり、荷物のように引きずられたりするからだ。

 普段から立ち働いているぶん体力はあるが、栄養が足りていないぶん体力がない。貧相な体で息を荒げつつ城の廊下を通り、階段を上る。

 その途中でジュリアと王子が交わしていた会話を聞いたところから察すると、ジュリアはどうやら今回の話を離宮に彼女を迎えに来ようとしていた夫から聞いたらしい。それであのタイミングでの登場となったわけだ。

 ジュリアの夫は公爵、位は高いが王族ではない。

 もしもアリアの隣国への嫁入りが決まったというのなら、それがさっそく臣下に伝わっているのはどういうわけだろう? 王族の思惑だけでなく、何かのっぴきならない事情で事が決まったのだろうか。

 目的の部屋に着くと、左右に控えた衛兵が重厚な扉を開いた。

 立派な部屋の真ん中に鎮座するのは大きな円卓。そして、その周りに座る王族たち。

 久々に見る父は年を重ね、そればかりではなく少しやつれたようだった。

 アリアに目を留め、しかし何も言うことなく顔を逸らす。

 父は、母がいなくなった当初にアリアに憎しみをぶつけたきり、以降は離宮に姿を見せていない。アリアを継続的に虐げてこそいないが、妃たちの行状を止めるでもなく、最低限の必需品を離宮に運ぶ使用人が仕事を放棄したり物をくすねたりするのを黙認していた。間接的に彼ら彼女らを助長させていた。

 円卓につく他の面々、妃と王子王女たちは久しぶりどころではなく結構な頻度で顔を合わせている。

 特に正妃デリア、即妃ユーニス、即妃の娘でアリアと年の近いクラリスは執拗に離宮を訪れてはアリアをいたぶっていく。

 そんな面々が勢揃いする場に入っていくよう促され、アリアは足が竦み、転んだ。

 べしゃりと床に伏すアリアに降ってくるのは、くすくすと笑う声、汚らしいと蔑む声、馬鹿にした調子で嗤う声、声、声。

 見世物として引き出されたような状況に、アリアの麻痺した心の片隅がずくりと痛む、庇ったり心配したりしてくれる者はいない、王を含む全員が否定的な眼差しをこちらへ向けている。

 わけが分からない理由でわけが分からないまま連れ出され、心無い声を浴びせかけられる、無数の傷がついた体に、心に、塩水を塗り込むような行いだ。耐えようと噛み締めた唇に簡単に血が滲んだ。

「…………第五王女」

 王の声が降ってくる。昔はアリアと可愛がって呼んでくれたのに、そんな過去などなかったかのように、無味乾燥な呼び方で。

 アリアはのろのろと顔を上げた。

「今日ここにお前を呼んだのは、お前の婚姻が決まったからだ」

「…………私の、ですか…………?」

 そんなことを兄や姉から言われたから分かってはいるが、理解できてはいない。王族の立場は剥奪されていないが、実質的には下働き、いや、それ以下だ。そんな自分に婚姻の話が出るとは欠片も想像していなかった。

(しかもこんな……王族が勢揃いする場を設けて? 私の婚姻を決めた……?)

 まったくわけが分からない。そんな重要事項であるはずがないのに。

 ありうるとしたら、全員が結託した手の込んだ嫌がらせなのだが……。

 まるで何も分かっていないアリアに、王が溜息をついた。ハロルドが嘲りながら代わりに説明した。

「お前は知らないだろうが、この国はノナーキーとの戦争の最中だ。ただ、少し旗色が悪い。形ばかりの恭順の意を示すために、王女を嫁がせることになった」

「…………」

 王族としてはあるまじきことだが、国がそんなことになっているとは全く知らなかった。

 離宮の中まで入ってくるのは王族だけで、外を歩く人とはアリアの方から顔を合わせないように避けている。世間話のたぐいは漏れ聞こえないし、アリアにわざわざ政情を話す人もいないから、本当に何も知らなかった。

(戦争の最中、ね……)

 ハロルドの言葉は疑わしい。最中であるなら婚姻など結ばないはずだ。最低でも無期限の停戦、そのくらいの片はついていると見た方がいい。そうでなければ王女を嫁がせるという話にはなるまい。

(トーリアは、ノナーキーに負けたんだわ……)

 それは憂うべきことなのだろう、とは思う。

 だが、意地悪と表現するにも生ぬるい王族たちを通して見たこの国に、アリアはたいして思い入れを持てない。もしかするとノナーキーの支配下に入ってしまった方が国民にとって良い結果になるかもしれない、とさえ思ってしまう。

 形ばかりの恭順……そのことをまともに隠す気すらないらしい。ぼろぼろの容姿で、教養もマナーもろくに身につけていない、母方の血筋も怪しい、そんなアリアを嫁がせようというのだから。

「年頃の娘は一人しかいないからな、向こうもそこに難癖はつけられないだろう」

 ハロルドは言う。そこ以外の他の部分が問題だらけだが、それはいいらしい。

 ライラが城で暮らしたおよそ九年、国王ジョザイアは他の女性に目を向けなかった。アリアと最も年の近い王女はクラリスで二歳年上、アリアの下となると九歳以上の差が開く。

 確かに最も都合がよさそうな年齢なのは十七歳のアリアだが、十九歳のクラリスも同じ役目ができそうなのに。

 そう思って視線を向けると、クラリスは不機嫌さを隠しもしな冷え冷えとした眼差しでこちらを見返した。

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