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そう答えたアリアに、安堵したようにジルは応じた。そうであって良かったと。もしも際限なく使えるものなら、アリアは聖女として祭り上げられて力を酷使させられる可能性もあったと。癒しの力の強大さと需要を考えれば無理もない。
「……まあ、それも陛下がお許しにならないでしょうけれどね」
ジルの言葉に、当然だ、と頷いたのはその場にいたエセルバートだった。
「救われておいて何だが、むやみに使われていい力ではない。アリアへの負担も考えるとなおさらだ」
「いえ、そもそも私を庇ってくださってのことですし……」
「何を言う、そんなことは当然ではないか」
それこそ当然のように同席していたエセルバートは、眠り続けるアリアを時間の許す限り見舞っていたという。戦後の処理で大変な時期にもかかわらずだ。
だがエセルバートはまったく苦にならないといった様子だった。むしろ嬉々としてあれこれと事を進め、アリアが目を覚ましてからも頻繁に見舞い……気づけば、トーリア王家がなくなっていた。
「どういうことですか、エセルバート様!?」
起き上がれるようになったアリアはさすがに驚いて問いただした。王族たちが取り押さえられたことは聞いていたが、まさか身分すらも取り上げるなど、そんな展開になるとは予想外すぎた。
「仕方ないだろう? 戦争の責任を取らせねばならんからな。……表向きの理由はな」
エセルバートはうっすらと笑ってそんなことを言う。その笑顔に怒気が滲み出ている。犠牲者が出たことに憤っているのはもちろんだろうが、アリアにひたと当てた視線が、それだけではないことを示している。……間違いなく、アリアの扱いのひどさに対する報復だ。
「安心しろ、殺してはいない。むしろ疲弊したトーリアのために働かせてやろうというのだ、感謝してほしいものだな」
(身分を取り上げて、働かせる……)
言葉だけ聞けば、温情だと思えないこともない。敵国の戦争首謀者への処遇としては優しい方なのかもしれない。だが、エセルバートの笑顔が、死ぬよりもつらい目に遭わせてやると語っていた。
「ああ、安心しろ。トーリア王国を潰しはしない。そなたを介して私が王位を請求するようなこともしない。トーリアの賢者と相談しつつ、傍系の王族の中から後任を探すつもりだ。少しやり取りをして思ったのだが、頭のいい方だな。女性だというのも意外だった」
そう、トーリアの当代の賢者は女性なのだ。トーリア王家は男系だが、賢者はまた立ち位置が異なる。世襲でもなければ、男性とも限らない。女性ということも当代の賢者が王家から敬遠されていた理由かもしれないが、エセルバートはそのあたりにこだわりはなさそうだった。
「賢者は残念がっていたぞ。それほどの力があれば、そなたが次代の賢者になる未来もあったかもしれないのに、と。だが、そなたはトーリアには返さぬ。ここにいろ。私の傍に、ずっと」
「エセルバート様…………」
気づけば、アリアはまた涙を零していた。最近は泣いてばかりだ。あれほどつらかった離宮の日々、泣くまいとしてきて涙など枯れ果てたと思っていたのに。
まさか、思ってもみなかった。人質で、生贄だった自分が……こんなにも、大切にされて幸せになれるだなんて。
戦争は終わった。トーリア王族たちは罰を受けた。自分を脅かすものが、なくなったのだ。
同じことをエセルバートも考えていたらしい。そっとアリアの頬に触れ、微笑んだ。
「奴らには報いを受けさせた。悪事には、報いを。そなたは苦しんだ分、これから幸せになるんだ」
「もう……幸せです」
アリアも微笑んだ。
そしてどちらからともなく、唇が重なる。
ふりだけにとどまった結婚式の誓いの口付け。その誓いがようやく今、二人の間に交わされたのだった。




