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「………………」
アリアは沈黙した。
あまりに身勝手なトーリア王族たちに、言葉が出てこない。ハロルドがいくら王太子であるとはいえ単独で動けるはずもないし、王族間での結託は前々から分かっていたから、今回こうやって事を起こそうとしたのも王子王女たちの総意なのだろう。誰がどこまで深く関わっているかは分からないが、無関係で無実の者がいるとは思いにくい。もちろん、調べずに断定するわけにはいかないのだが、相手取るための想定としてはこれが妥当なはずだ。
ハロルドは嘲笑った。
「お前は殺し損ねたが、かえって良かったかもしれんな。ノナーキー国王を殺せるのならお釣りが来る。戦争に勝ったも同然だな。狙って射ても躱される未来しか見えなかったが、お前を庇ってくれたおかげで当てることができたのだから、そこは感謝してやろう。庇護者の死に、せいぜい苦しむがいい」
「こいつ…………!」
アルトは怒りを抑えかねる様子で拳を震わせ、ジルは表情があまり変わらないまでも蔦の締め付けをいっそう強くしている。
ハロルドの物言いや、ようやく到着した医師の様子、コゼットのこわばった表情、そういったものを考え併せるに、毒はきっと強力なものなのだろう。
(エセルバート様が……このままいなくなってしまう……? そんなの嫌! 絶対に駄目……!)
アリアは無意識に――歌っていた。涙と一緒に、歌が零れ出る。
彼が取り戻してくれた感情を、歌に逃がすようにして守ってきた感情を、そのまますべて、歌に乗せる。ジルに施してもらった訓練の成果もあいまって、緑がふたたび増え始めた戦場に、精霊の力が満ちる。
自分への慰めではなく、他者を癒したいと心から願った歌を、精霊が寿ぐ。癒しに特化した力が、エセルバートに注がれる。
何の歌を歌っていたかなど、アリアは自分でも分からなかった。それは歌であって歌ではなく、祈りに近いものだった。
エセルバートの呼吸が落ち着いてきた。奇跡のように傷口が塞がり、彼を苦しめていた毒が消える。
(良かっ……た……)
もう大丈夫。本能的にそれを感じて――アリアの意識は途切れた。
後のことはすべて、エセルバートやコゼットやジルから聞いた話だ。意識が回復したとき、アリアはノナーキーの城にいて、すでにすべてが終わっていた。
戦争はノナーキーの勝利で終わり、ジョザイアやハロルドは捕虜となり、他のトーリア王族も城ともどもノナーキーに押さえられていた。さすがに国王と王太子の両者がノナーキーの手の中にある状況では――しかも理のない戦いを仕掛けた後では――過度な干渉だ何だと言っていられる段階を過ぎていた。トーリアの歴史も排他性も何の助けにもならず、事実上、トーリアはノナーキーの属国のような扱いになっていた。
とはいえ、支配者以外の部分にエセルバートは手を加えなかった。大臣以下の臣下や地方を治める領主たちはそのままの立場で役割を担い続け、一般のトーリア国民の生活は何も変わらなかった。もちろん王族たちの支配がなくなったことによって、彼ら彼女らの行き過ぎた部分が是正されてくることもあるだろうが、それはこれから徐々にという部分だ。一夜にして劇的に何かが変わるわけでもなく、国民の間の不安もすぐに晴れて街はいつも通りの日常を取り戻しているらしかった。
アリアが眠っている間にそうした変化が起こり、そしてまた元通りになっていた。
どうやらアリアは力を使いすぎて気を失ったらしい。精霊の力は人が扱うには大きすぎて、そういうことが往々にして起こるのだとジルは説明した。
多用もできないし、不特定多数に向けることもできない。アリアにとってエセルバートが大切で、すでに彼に力を注いだ経験もあったからこそ可能だったのだろう、ということだった。
たしかに多用はできないだろう、とアリアは頷いた。ほとんど無意識に行っていて、再度同じことを求められても出来る自信がない。




