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王と歌姫  作者: さざれ
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 馬に乗った二人が、近づいてくる。コゼットは栗色の巻き毛をまとめているが、アリアは銀色の長い髪をなびかせている。ノナーキーに来た当初は不揃いに切られてくすんでいた髪も、艶を取り戻し、切り揃えられて美しく伸ばされている。

 銀の髪を持つ者は珍しい。エセルバートもアリア以外に知らない。トーリア王家ではなく母方から受け継いだ特徴なのだろう、トーリア国内でも珍しいはずだ。

 兵士の服装をしていながら、コゼットの方はともかく、アリアは見るからに馬に乗り慣れていない様子だ。馬上で自分の体を扱いかねている様子は、とても兵士には見えない。

 そして明らかに、雰囲気が違う。輝くような、周りを否応なく魅了してしまうような、生来の美貌が遠目にも分かる。

 その様子を遠目に見て、まさか、と思ったのだろう。ジョザイアが椅子を蹴飛ばすようにして、側近をほとんど押しのけるような格好でそちらへ体ごと向き直り、視線を向けた。

 トーリア国王のただならぬ様子に、そして丸腰とはいえ敵陣から駆けてくる二人の姿に、後方のトーリア側の兵士たちがざわついた。

 本来なら、そこでトーリア国王が彼ら彼女らを抑えるべきだった。兵士とも見えないような丸腰の者が二人来たところで脅威にはならない。交渉の場には国王の護衛たちも控えている。それが交渉の一環で、必要な人員を呼び寄せただけなのだと、見て分かることを改めて伝え、安心させるべきだった。

 それなのに、トーリア国王ジョザイアは――正反対のことをした。さっと旗をひらめかせ、突撃せよと命じたのだ。

 その意図はもちろん――揉み消しだ。万が一、馬上の人物がノナーキー王妃であったら。亡くなったとされるトーリア王女であったら。この戦争の前提が一気に崩れてしまう。

 それをさせまいと、あれがトーリア王女のはずがないなどと言いながら、そうであったらという可能性を潰すために……丸腰の、たった二人に対して、兵を挙げた。

「なっ……!?」

 エセルバートは目を剥いた。

 しかし驚きに頭を鈍らせることはしない。即座に、二人に引き返すよう合図を放ち、こちらも後方に控えさせていた兵たちを動かす合図をした。

 こうなる可能性も考えてはいた。アリアをここまで連れてくればトーリア国王の言い逃れなど許さずに本人であると示す算段はつけていたのだが、トーリア国王がそれを嫌ってなりふり構わず揉み消しにかかる可能性もあるにはあった。

(考えてはいたが……まさか、本当にそうするとはな……。周りの者からどう見えるかなど考えてもいない。よくやるものだ……)

 怒り呆れるべきところだが、もはやそれらを通り越して感心すらしてしまう。どこまで身勝手なのか。人の命を何だと思っているのか。

 だが、展開としては悪くない。醜態と呼ぶべきトーリア国王の様子を第三国の者にも印象付けられた。これを布石として、あとはアリアの生存を示せればいいだけだ。

(この場では交渉決裂だが、すぐにまた……って、何をしている……!?)

 エセルバートは思わず大声をあげかけて呑み込んだ。引き返すようにと確かに合図を送ったはずが、アリアとコゼットを乗せた馬がその場に留まっている。

 そして、あろうことか、アリアが馬の背から降りた。

 行く手からトーリア側の兵たちが押し寄せてきているというのにだ。

(逃げろ、今すぐに逃げろ! 追いつかれてしまうぞ!? 侍女は何をしているのだ!? なぜ連れて逃げない!?)

 エセルバートは焦りに居ても立ってもいられず、馬に飛び乗ってアリアのもとへ向かおうとした。どうせ交渉は決裂だ。

 二人の王が集まっているこの場所は小高くなっており、このままだと兵たちが眼前でぶつかることになる。アリアとコゼットが元来た方向にそのまま引き返すのではなく――それだとトーリア側の兵たちの波から斜め方向に遠ざかっていくことになる――、少し方向を変えて垂直方向に戻っていくなら、充分逃げ切れるはずだった。エセルバートはそれを確認したうえで、危険は少ないと判断し、アリアをこちらに来させることに同意したのだから。

 だが――逃げない、なんて聞いていない。合図は届いているはずなのに。

(ちくしょう、間に合うか!? 兵たちが来る前に二人のところへ辿り着いて、問答無用でかっさらって……)

「陛下!?」

 兵たちが押し寄せる中に、躊躇なしに向かおうとするエセルバートに、護衛たちが泡を食った様子で止めにかかる。いくらエセルバートが強いとはいえ、乱戦になって首を取られたらノナーキー側は一気に瓦解しかねない。総大将をそんなことで失うわけにはいかないのだから、護衛たちの制止も当然ではあった。

 分かっている。分かってはいるが、自分のことはどうでもいい。自分に何かあったとしても、後に残した者たちがきっと何とかしてくれるはずだ。それよりも、アリアを助けなければ。

 その一念で駆け出そうとしたエセルバートは……耳に届いた声に、雷に打たれたように足を止めた。

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