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王と歌姫  作者: さざれ
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「すべて出まかせだ! 話にならん! そうまで言うのなら娘を連れてこい! この私がじきじきに偽物だと突きつけてやるわ!」

(…………これは、生きていると端から思っていないな……。それに、仮に本物を連れてきても認めない気だな……)

 エセルバートだけでなく、周りで聞いていた者たちも同じようなことを考えたのだろう。何とも言い難い表情をしている。

「はっ。娘の身を案じる素振りさえ見せないか。世間一般が信じる『愛する家族を失ったかわいそうなトーリア王族』なるものが虚像であると、貴様を見ているとよく分かるな」

 エセルバートは嘲笑した。笑ってみせてはいるが、内心は煮えくり返っている。

 エセルバートの正論にか、それとも滲み出る怒気のせいか、ジョザイアはぐっと言葉に詰まった。この場には第三国の者も同席している。エセルバートへの憤りをぶつけたせいで墓穴を掘った形だが、なおも非を認めようとはしない。

「……。……悼み方など人それぞれであろう。口を出すな」

「悼んでもいないくせによく言う」

 切って返し、エセルバートは皮肉げに口の端を上げてみせた。

「まあ、我が妃の顔を知る者も少ないからな。トーリアでは何だったか、病弱ゆえ人前に出ず、離宮で静養していたという設定だったか? 実際は虐げられて人前に出してもらえず、離宮に閉じ込められていたというものだがな。だが、トーリア人の間で顔を知られていないことには変わらない」

 そう、アリアはトーリア国内で、王族以外との接点がほぼ皆無だ。公の場に最後に出たのは七歳の時で、ごく幼かった。当時の彼女の顔や姿を知っていたとしても、成長した後に同一人物だと断定できるものではない。

 そしてノナーキーに嫁ぐことが決まってからも、公の場に出てはいない。教育係などごく少数の者が顔を知るくらいで、貴族の間ですら知られていない。さらに言ってしまえば、痛めつけられてぼろぼろの状態の彼女と、回復して成長した今の彼女の姿が結びつかないかもしれない。そのくらい、過去の彼女の様子は悲惨だった。

 今のアリアの顔を知る者は、ノナーキーの国の中でもエセルバートにごく近しい者だけだ。結婚式で公に姿を現したとはいえ、化粧とベールで顔立ちをはっきりと見せていないし、回復しきっていない彼女は今とまったく印象が異なる。そもそも、ノナーキー人がいくら同一人物だと言い立てたとしても、そちらに都合のいいことを言っているだけだろうと切り捨てられて終わりだ。

 ノナーキーにとって都合の悪いことを包み隠さずに言うエセルバートに、ジョザイアはかえって警戒の眼差しを向けた。次に何を言い出すのか、と身構えている。

 だが、とエセルバートは続けた。

「顔や姿は変わっていたとしても、瞳はどうだ? トーリア王家に現れるロイヤルブルーの瞳……彼女もそれを受け継いでいたはずだな?」

「……。…………。仮に王家の青の瞳を持っていたとして、その者が私の娘である証明はできまい。王家の血が私の知らぬ者に流れていたらそれはそれで大問題ではあるが」

 ジョザイアはあくまで白を切るつもりのようだ。そもそもアリアが生きていると信じていないし、万が一生きているとしても認めるつもりはない。確かに、親子関係を確実に証明する方法はない。顔や姿が似ている、くらいでしか判じることができない。ノナーキーの医師たちは優秀だから、いずれは親子関係の同定が可能になるのかもしれないが、少なくとも今はまだ不可能だ。ノナーキーのみならず、他の国でもまだそういった知は得られていない。

 だからジョザイアは余裕を持っていられるのだ。自分が知らないと言えばそれで済むのだから。

(……それで済ませてやる気などないがな)

 エセルバートは意趣返しのように念押しをした。

「『我が娘アリアをぞんざいに扱い、死に至らしめた。その罪は重い』……だったな?」

「そうだ! 貴国のことだ!」

「違うな、逆だ。彼女はノナーキーに来てから、見違えるほど健康で美しくなった。貴様には勿体ないが、特別に拝ませてやろう」

 思い切り尊大に喧嘩腰に言い、エセルバートは側近から弓と鏑矢を受け取り、空に合図を放った。

 通常の矢じりではなく鏑を取り付けた矢は、殺傷目的ではないことが一目で分かるため交渉の場に持ち込めたものだ。それを、人のいない方向に向かって放ち、特徴的な音を鳴らす。遠くまで響くその音は、兵たちに紛れて交渉の場のできるだけ近くに控えていたアリアにも届くはずだ。

(聞こえたようだな)

 馬が一頭、丸腰の兵士と見える者を二人乗せてこちらへ駆けてくる。兵の格好をしたアリアと、侍女のコゼットだ。馬はコゼットが駆り、アリアを後ろに乗せている。

 交渉の場には連れてこられなかったが、なるべく近くで待機してもらい、機をはかっていた。

 トーリア側が絵図を描いた「トーリア王女の死による戦争再開」という茶番劇を、終わらせるために。

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