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そしてとうとう、ジョザイアが決定的な言葉を放った。
のらりくらりと躱してトーリアに利を与えないエセルバートにしびれを切らしたのだ。
「――このことは言いたくなかったのだが……貴国は我が娘アリアをぞんざいに扱い、死に至らしめた。その罪は重いぞ」
切り札としてアリアの死を持ち出し、ノナーキーに譲歩を迫る。言葉にせずともそのことこそが今回の出来事の核なのだと、お互い分かり切ったことを念押しする形だ。
その切り札がある限り、トーリアは立場が強い。
だからそちらが譲歩しろ。勝利を、利益を寄越せ。そうした言外の圧力を受け……エセルバートは、笑った。
「く……くくっ」
片手で顔を覆い、その隙間から見えただろう眼差しが、自覚している以上に昏いものだったのだろう。ジョザイアが少し気圧されたように眉を動かした。
「ぞんざいに扱い、死に至らしめた? 我が国が?」
吐き捨てるように笑い、エセルバートは立ち上がった。
「彼女をぞんざいに扱ったのは貴様らの方だろう! 私が知らぬとでも思ったか!? 彼女が成長期に受けてきた虐待と暴力については我が国の医師たちが証明してくれる! 子を産める状態ではない子供を花嫁として寄越した貴様らの恥知らずっぷりもな!」
だん、と卓を叩くと飲み物が零れた。
ジョザイア付きの護衛が表情を険しくして王を庇う仕草を見せたが、エセルバートは鼻で笑った。
「私は冷静だ。怒り狂ってはいるがな。冷静な証拠に、そちらの王に手を上げていないだろう? 交渉に少し熱が入ったくらいのことで、交渉を止める権限など持っているのか? ……そもそもそいつは、身を挺して守るに値する王か?」
手を上げてこそいないが、これでもかとばかりエセルバートは言葉で攻撃している。呆気に取られて目を見開いていたジョザイアの顔に血の色が昇り、こちらも憤然として立ち上がった。
「貴殿の仰る通り、狂うておられるようだな! 交渉は決裂ということでよろしいか! 我が娘を死なせた罪を償う機会、貴殿みずからが棒に振ったのだぞ!」
「語るに落ちる! その『我が娘を死なせた罪』とやらは勝利と領土拡大と賠償金だけで贖えるものだと言っているのに等しいのだからな! 私だったら到底それでは済ませない……もしも彼女が殺されていたら、貴様らを皆殺しにして彼女への餞としただろうよ」
「……本当に狂うたのか……? まるであれが生きているような言い方ではないか」
「生きていたら都合が悪いか? 悪いだろうな、だから王妃付きのトーリア人侍女に殺させようとしたのだからな!」
「な……!?」
「しかも、生きていることを仄めかされて喜びもしなかったな。分かってはいたが、貴様らは心底、彼女のことが邪魔なのだな…………!」
エセルバートの怒気に、ジョザイアのみならず、交渉の立会人として見守りつつ控えていた他国の者たちまで顔色を青くしている。
数々の戦場に出てきたエセルバートの気迫――しかも最愛の妃を蔑ろにされた憤りによるもの――に当てられたら、下手をすれば失神ものだろう。耐えているだけましだ。多少の場慣れと持ち前の優秀さによるものなのだろう。
そちらにちらりと一瞥をやり、しかし一瞥で済ませ、エセルバートは言った。
「状況を整理しよう。トーリア王女でもある我が妃がノナーキー側の過失で殺され、停戦の象徴をノナーキーが踏みにじったとしてトーリアは兵を挙げた。ここまではよろしいな?」
「あ、ああ……」
ジョザイアは頷くしかない。世間的にそうなっているから認めるしかない。
「しかし、それがトーリア側の自作自演だったとすればどうだ? 王女に付いてトーリアから共にやってきた侍女が王女を殺し、ノナーキー側に罪を着せたのだとしたら?」
「……もしもそれが証明できるのなら、状況はがらりと変わりますな」
そう発言したのは、中立的な第三国から遣わされた立会人だ。エセルバートはそちらに頷いてみせる。
「証明は可能だ。その侍女の身柄は押さえてあるし、侍女がトーリア王族の命令を受けていたことも掴んでいる。王族を取り調べればやりとりの証拠は出てくるだろうし、なんなら余罪もいろいろありそうだ」
「侍女の身柄……ですか。その侍女というのは、ノナーキーを告発したことで知られている侍女のことですかな? 行方が知れなくなって、ノナーキーに消されたという話ですが……事実は、流布された噂とは正反対なのだと仰る?」
「その通りだ」
エセルバートが頷く。そのあたりでようやくジョザイアが気を取り直したように口を挟んだ。




