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交渉は衆目の中、行われた。
もちろん内容が逐一人々に知らされるというわけではない。兵士たちがぐるりと周りを取り囲んでいるというわけでもない。遠目に見ることはできても、ただちに駆けつけて命を脅かすことはできない、そのくらいの距離が空けられている。
交渉の場が、両国が戦っているちょうどその戦線で行われるという意味だ。
どちらの総責任者もこの場にいるため、それはむしろ自然なことだった。仮に一方が他方の勢力圏内に入って交渉をするとなると、その時点で劣勢を認めているようなものだからだ。
現時点で劣勢に見えるのはノナーキーだが、実際はそこまでではなく、もちろんノナーキー国王エセルバートもそんなふうに譲歩することを肯んじない。
もちろんトーリア国王もそのことは分かっている。本来ならもっと優勢を確実なものにしてから交渉に臨みたかったのだろうが、それには時間がかかり、損失も大きくなると判断したのだろう。部下の進言を容れたのかもしれないが、どちらにせよそれがトーリア側の見方だ。
トーリア王とノナーキー王は、あくまで対等の交渉として、戦いが一時的に中断されて兵たちが退いたのち、進み出て交渉の場についた。
戦争当事国の交渉は往々にして、中立的な第三国で行われるものだが、条件に合う国が遠く、双方の責任者――それも最高権力者たる国王――が揃っており、互いの武力もあるとなれば条件が揃いすぎている。わざわざ時間をかけて遠くで落ち合う理由がない。
互いの兵たちをすぐに襲撃できない場所まで遠ざけているのはもちろん、こうした場でだまし討ちをし、これ幸いとばかり相手方の要人の首を取ろうとすれば、それは重大な違反行為だから、一定の保険はかけられている。
もしもそうすれば、他の国々がすべて敵に回り、集中的に攻撃され、国々の中で居場所がなくなるとともに戦いの費用や相手国への賠償を請求される。貿易関係もずたずたになり、国として立っていけなくなるだろう。
戦争は何でもありの世界ではなく、規律に則り、武力を以て決着をつける、一種の決闘のようなものなのだ。
そこには規律があり、名誉もある。
双方の王は堂々と進み出て、青空の下、わずかな供回りだけを控えさせて交渉を始めた。
天気がよく風も穏やかで、気候も厳しくない季節だ。簡易的な天幕を立ててその中で交渉を行う案もあったが、エセルバートが天幕は不要だと用意を退け、ジョザイアも特に異論がないようだったので外で行われることになった。
もちろん椅子や卓は用意されているから、そこだけを切り取って見れば戦場とは思えないような呑気な光景だ。王たちが使うものだから、戦場とはいえ立派なものが運ばれてきている。さすがに互いの持参ではあるが、飲み物も置かれている。
(晴れてくれてよかった……)
大きな椅子に悠然と腰を下ろしつつ、エセルバートはこっそりと胸を撫で下ろしていた。
もしも悪天候だったら、理由をつけて交渉を先延ばしにするつもりだったのだ。
この交渉において、主役はエセルバートではない。もちろんジョザイアでもない。
アリアだ。
エセルバートは彼女の作戦を成功させるべく、脇役としてこの場にいる。
「――さて」
エセルバートの内心など知るよしもなく、トーリア国王ジョザイアが口火を切った。
互いの顔を絵姿などで見知ってはいるが、初対面の二人だ。一応は義理の父子ということになるのだが、エセルバートには何の感慨もない。ジョザイアにとっても同じだろう。
むしろエセルバートにとって、彼は仇敵にも等しい。アリアを父親として生み出してくれたことには感謝してもしきれないが、そのアリアを虐げたことはいくら非難しても足りない。彼と一緒になってアリアを痛めつけた王族たちの親玉であることも踏まえると嫌悪感がどこまでも膨れ上がっていく。
もちろんノナーキー国王としても、戦争を引き起こした彼は宿敵だ。トーリア側の被害の方が大きいが、こちらも被害が皆無とはいかない。賠償金を取り立てて遺族に配ってはいるが、それですべてが帳消しになるわけもない。
初めて直に目にするトーリア国王は、絵姿通り、やや痩せぎすで謹厳な雰囲気の壮年男性だった。相応に年を重ねているが――エセルバートよりも三十近く年上だ――、性格が丸くなっていくどころか頑固さが増し加わっていくような印象だ。アリアに受け継がれた青い瞳、トーリア王家のロイヤルブルーの眼差しが険しい。
互いに好感など抱きようもない間柄であることを隠しもせず、ジョザイアは事務的に話を進めた。
「貴国はだいぶ苦しい状況にあると思うのだが、如何か?」
「そう見えているだけであり、実態もそうとは限らない。貴殿も分かっておられると思うのだが、如何か」
エセルバートもやり返す。このくらいは序の口、強気に出つつ相手の腹を探り合う。
ジョザイアが戦力の追加投入を仄めかせば、エセルバートは兵站の薄弱さを指摘する。エセルバートが領土侵入の非を詰れば、ジョザイアは協定破りはそちらが先だとやり返す。
強気に、しかし対外的に見せている姿――ノナーキー王妃たるトーリア王女を守り切れず、再戦を許してしまった弱みを抱えた王――のイメージは否定することなく、エセルバートは交渉の流れを誘導していった。




