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ノナーキー側は防戦一方になっていた。
トーリア王女を死なせ、停戦協定をないがしろにしたのはそちらだと言い立て、トーリア国王おんみずからが率いる兵たちはノナーキー側へと攻め入ってきた。
兵力差を見れば、迎え撃つノナーキー側が圧倒的に優勢だ。地の利もある。
しかしそこには、あるべき大義がなかった。
王妃となったトーリア王女を失ったノナーキー王は指揮に精彩を欠き、トーリア兵たちの侵入を阻むどころか、じりじりと押されている始末。
王はどうしたのだ、腑抜けになったのか、とトーリア兵たちは嘲笑した。
しかしそこは腐っても武人王、人的被害を最小限に抑えつつ、押し込まれつつも破られるとはいかない状況を保ってこらえている――ように見せていた。
完全に余談だが、ノナーキー王が腑抜けと評された大きな理由として、側近ダスティンのせいがあった。
城に残っていたダスティンは、親しくしていた王妃の死にたいそう驚いて悔やむ様子を見せ、主君は大丈夫だろうかと心から案じていたらしい。
その様子が人々の目に留まり――ダスティンにはアリアの生存を知らせていないから、彼の心配が本物だったせいもあり――王妃になったトーリア王女はノナーキー王に愛されていたのだという噂――これは事実だが――が流れたのだ。
かくして、愛する王妃かつ停戦の象徴たる王女を守れなかった腑抜けのノナーキー王、という図式が出来上がったのだ。
(……戻ったらとっちめてやる……)
それを知ったエセルバートは密かにそう心に決めたが、アリアと自分を近づけてくれたのもダスティンのお節介だということを思い出し、しばらく仕事を増やしてやるくらいでいいか、と思い直した。彼に仕事を押し付けて、アリアとゆっくり過ごすのだ。
(そのためにも、憂いを全部片付けておかないとな)
世間的に、アリアは死んだと思われている。エセルバートもそのようにふるまっている。
どこから話が漏れるか分からないので、拠点でもその設定で通している。アリアは侍女に扮して、例の二人の侍女と行動を共にしていた。途中で一方が別行動をすることになったので、もともとと同じく侍女が二人、という格好になり、周りからも不審には思われていない。そもそも王妃付きの侍女の顔かたちをまじまじと見る機会などそうそうない。特徴的な銀髪を隠せば充分だ。
そうしてしばらく時間を稼ぎ……アリアは今、兵士の格好をして戦場に出ている。
理由は簡単だ。目立たないように。そしてある程度、エセルバートの近くに近くにいても違和感がないように。
エセルバートは今、後方に下がって陣形を固める指揮をとっている最中だ。
剣が打ち合わされ、弓矢が飛んでくる場所ではないとはいえ、危険だから本当は許可したくなかった。アリアには安全な場所にいてほしかった。
(だが……彼女の作戦に乗るしかない。自身の死を偽装した逆転劇は、たしかに有効だと認めざるを得ない)
いま、トーリア側は嬉々としてノナーキーに攻め入ってきている。正義は我らにありと。
だが、兵力差は歴然としている。ノナーキー側が反撃の度合いを抑えているからこそ戦いに見えてはいるものの、目端の利く者には分かるだろう。この状況が長引いたら、先に危うくなるのはトーリア側であると。威勢よく攻め入っているように見えるが、ノナーキーは重要な拠点を明け渡してはいない。トーリアの戦線が伸び切れば、容赦なく分断して甚大な被害を出してやるという構えを見せている。
そして戦場は、どちらの主要都市からも遠い。奪うべき目標があるわけでもなく、もちろん相手方を皆殺しにするのも不可能だ。実際の戦闘を有利に進めた後は、交渉に移る。それが定石だ。その交渉で優位に立つために戦いがあるのだから。
だから当然、その時は来た。
トーリア国王が交渉の打診をしてきたのだ。彼が機を読んだのか、それとも部下の進言かは分からないが、どちらでもいい。今なら交渉を優位に進められると判断したということだ。
(――来た)
エセルバートは目を光らせ、口の端を上げた。




