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王と歌姫  作者: さざれ
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「大丈夫でしょうか……」

 コゼットは不安を隠せずに呟いた。

 とくに返答を期待したわけではなく、自然と零れてしまった呟きだが、アリアはきちんと聞き取って振り返った。安心させるように微笑んでくれる。

(う……眩しい……!)

 アリアを殺そうとしたコゼットは、彼女に対して大きすぎる弱みがある。殺すところまで行かなかったとはいえ、しようとした事実はなくならない。いくら弟のためだとはいえ、許されないことだと分かっている。

 それなのに、狙われた当人たるアリアはまるで気にしていない。驚くほど、コゼットに対する態度が変わらない。

 普通であれば、気にしないようにしつつも、自分に向けられた殺意に衝撃を受けて、理由があると知ってなお消化しきれないもやもやが残るものだろう。少なくともコゼットがその立場であれば、そんな風になると思う。

 だがアリアは、本当に気にしていない。器が大きいのは確かだろうが、それだけではあるまい、とコゼットは思う。

 彼女はきっと、悪意や殺意といった負の感情を向けられすぎたのだ。わざわざ反応する気すらなくすような、しつこく膨大な負の感情を。

 そして感情のみならず、身体的そして肉体的な暴力も受けていた。……本当に、なんてお姫様だと思う。王女なのだから楽をして贅沢に生きてきたのだろうと何の根拠もなく勝手に思っていた過去の自分を殴りたいくらいだ。

「大丈夫。作戦はきっとうまくいくわ。私、うまくやってみせるから」

 アリアは小さく拳を握ってみせた。ドレス姿でその仕草をしたら違和感があっただろうが、今のアリアはコゼットとともに、ノナーキー兵の服装をしている。いる場所も、厳重に守られた安全な拠点などではなく、戦場だ。弓矢の飛んでこないところに下がっているとはいえ、本来であれば危険すぎて王女などが居ていい場所ではない。事実、作戦を聞いたエセルバートも最後まで反対していた。

「……いえ、お妃様のことを信じていないわけではありません。ちょっといろいろ考えてしまったり思い出してしまったりして……国王陛下のこととか……」

 苦し紛れにコゼットが濁すと、ああ、とアリアも苦笑した。

「陛下は反対されたわね。でも、今の私は死んでいるはずの人間だもの。安全な場所に守られているわけにはいかないし、本当は陛下にも黙っておくつもりだったのだけどね……」

「……それをおやめくださって本当によかったです。お妃様がお亡くなりになったと思い込んだノナーキー国王なんて、何をしでかすか本当にまったく分からない特大の危険物なのですから」

 彼女を殺そうとした自分が言えた筋合いではないが、最愛の妃を失ったノナーキー国王がどんな風になるか、想像するだに恐ろしい。死因と下手人を草の根を分けてでも突き止め、どこまででも追及して報いを受けさせるだろう。コゼットが仮に暗殺に成功していたとしても、そうさせたトーリア王族たちは自分を守ってくれるはずがない。今なら冷静にそう思える。

(言うことを聞くしかない、そうでないと弟の命がないと……がんじがらめにされていたから……そこまで考えが及んでいなかったけれど……)

 トーリア王族がノナーキー国王エセルバートのことをどこまで正確に掴んでいるか分からないが、彼の気性を利用して、アリアと一緒にコゼットもまとめて処分する計画を立てていたとしても驚かない。穿って考えるなら、自分たちの罪をすべて実行人たるコゼットに着せて、生贄として差し出そうとしたのかもしれない。

(……ありうる気がするわ。やり口や思考回路が、お妃様をノナーキーに差し出した時と同じだもの……)

 本当に、失敗してよかった。アリアを殺さずに済んでよかった。あの人たちと縁を切れたのもよかった。そうなって初めて、コゼットにも未来が見えてくる。

「そろそろジルはあなたの弟と落ち合った頃かしら。早く会いたいでしょうけれど、もう少し待ってね」

「いえ、いま会っても慌ただしいだけですし。無事だと知らせを受けられたので充分です」

 別に、いつもべったりとした関係の姉弟というわけではない。互いの命を質に取られていたから案じざるを得なかったものの、無事でいてくれるなら会ったり頻繁に連絡を取ったりなどしなくていい。

(……姉弟と、夫婦はまた違うのでしょうけれど。お妃様はいまいち気付いておられないようですが、ノナーキー国王はお妃様をできるなら片時も離したくないと思っていらっしゃるのが駄々洩れですし……)

 まだ二人の時間をほとんど持てていないうちから死別などしたら、冗談ではなくこのあたり一帯が焦土になるだろうと思う。

 でも、そうはならない。エセルバートはアリアの死の偽装という作戦を受け入れ、妃の死を受け入れられずに塞ぎこみながらも的確に指揮をとる武人王という役どころを演じてくれている。

 そしてアリアとコゼットは、このあたりを焦土にせず戦を終わらせるために、ここにいる。

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