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「無関係です」
ジルはきっぱりと言った。
「政治的なことには関わりませんし、裏から手を回すようなこともしません。私がこうして潜り込んだので誤解させてしまったかもしれませんが。……まあ、諜報めいたことをする者がいないとは言えませんが……」
精霊の御力がどのように現れるか、そこに個人差が大きいのだから、諜報に向いた者もいるだろう。賢者たちの立ち位置から見ても情報の蓄積は大切だから、そのあたりに疑問はない。ただ、アリアが案じたように、裏から事態を操作しようとしてはいないのならよかった。
「……とはいえ、リーチェ様をお助けしたことは干渉行為と言えなくもありませんが。ですが、精霊様の御力を行使なさる仲間をお助けすることの方が優先です。もちろん、人道的にも」
「仲間……」
ちょっとじんと来てしまった。血の繋がった家族をもう家族と思わないと決めたところだったので。
「心強いわ。ジル、コゼット、二人とも改めてよろしくね」
頷き合い、三人は作戦会議を始めた。
「……なあ、俺たちなんでこんなところに来てるんだろうな……」
「そりゃ、上がそう決めたからだろう。うちの国は織物だか何だかの関税の引き下げと引き換えに兵の派遣を決めたとか……」
「俺の国なんてもっと露骨だぞ。穀物を支援してくれるのと引き換えだとさ」
「でもトーリアってそんなに金のある国じゃないだろう?」
「代わりに歴史ってやつがあるんだろうよ。切り売りできるものは多いだろうし、穀物にしても自国で生産したものではなく口利きで安く都合をつけたらしいし」
「……まあ、回り回って俺たちにも恩恵があるといいけどな」
「あんまり期待するなよ? そういうのは下々の方にまで流れてこないようになっているんだから。それよりもどうやって生きて帰るかを考えないとな」
「本当、そうだよな。手当は結構貰ったが、自国を守るのとは違う。大義もないしな」
ノナーキーとの国境を睨みながら、トーリアの友好国から派遣された兵たちが愚痴を言い合っている。
当然のように、兵たちにはやる気がない。大義もない負け戦をまたやる気なのかと呆れつつ、どうすれば自分たちが助かるかを算段している。
みな、分かっているのだ。無謀な戦いだと。トーリアはまたしても負けるだけだと。
悲壮感が少ないのは、前回の負けに伴う人的被害が比較的少なかったからだ。争いは泥沼化せず、圧倒的な兵力を見せつけたノナーキーが順当に勝った。捕虜になった者も非人道的な扱いをされることはなかった。
今回もおそらくそうなるだろう。穏当に負けることを兵たちは期待している。そもそも勝てるものだと思っていないのだ。
だが、トーリア国王ジョザイアは諦めない。
しかも今回は、自らが戦場に出てこようとしている。
「お手当てさえ貰えれば文句はないが……偉い奴の考えることは分からん」
遠目にトーリア国王がマントをなびかせて立つのを目にしながら、まったくだ、と兵士たちは頷き合った。
そんな弛緩した戦場の雰囲気が一変したのは、ノナーキーに嫁いだトーリア王女が亡くなったという知らせが入ったときだった。
知らせはなぜか、ノナーキーではなくトーリアからもたらされた。
敵国の王女を殺してやったとノナーキー人が意気を上げるのではなく、なぜか、トーリアから。
しかも、こんな噂が出回った。
――ノナーキーはトーリアの停戦の協定違反を確認すると同時に、トーリアから差し出された王女を処分する計画を立てていたが、内部の統制が取れておらず、警備も甘く、王女に恨みを持った個人による暗殺を許してしまったのだと。
まだ、トーリア側の兵は協定で新しく定められた国境を越えていないのに。決定的な協定違反を犯していないのに。
トーリアの王女は、ノナーキーの過失で殺されたのだ――
そのことを、トーリアの王族は大々的に騒ぎ立てた。
騒ぎ、ノナーキーを詰り、非を咎めた。
私たちの愛する家族を、高貴な王女を、どちらの国にとっても大切な存在を、よりによってこんなふうに殺すなんて、と。
停戦協定の象徴だった王女が死んだことにより、協定はノナーキーによって踏みにじられたのだと声を上げ、王女の仇を討てと人々を扇動し、トーリア側の寄せ集めの兵たちも少なからず義憤に駆られて国境を踏み越えた。
「――なんて、白々しい」




