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ジルの説明にアリアは頷きながら聞き入った。アリアはトーリア王族としての知識があちこち欠けているが、こうした精霊がらみの知識は王族といえどもあまり知る機会がないことのようだ。特に近年は王族と賢者との距離が遠いようであるし。
だが、昔は王と賢者とが分かれていなかったのだとジルは語った。王は精霊を祀る存在であり、人々をまとめて導く存在でもあった。時代の流れとともに、その二つが必然的に分かれてきてしまったのだそうだ。王家が世俗化したとも言う。
確かに、血筋を明らかに示すことが必要な王家とは違って、賢者は血筋を問わない。親子関係や親戚関係が発生するとは限らないため、血統主義とは相容れない。王族が賢者を輩出する例が多かったとはいえ絶対ではなく、そうなると継承に文句をつけたり横やりを入れたりする者が出てくる。分かれるべくして分かれたのだ。
そうした経緯もあるからだろうか、いつからか賢者は王家と距離を置くようになった。王家が司る表向きの典礼などに助言を行うが、実質的な祭祀はこちらで、精霊に関する知識を蓄えてきたのも賢者たちの側なのだという。トーリア王国の中枢で、王家とは違った特殊な立ち位置から、国を支えてきたのだ。
「ですが、リーチェ様は……いろいろと特殊でいらしたので……」
ジルは困ったように言葉を継いだ。
久々に王族として生まれた、力の持ち主。しかも母親がトーリア人ではないうえに、どこの国の者ともはっきりしない。
「母君の気質を受け継がれたのか、それとも別の理由があるのか……リーチェ様は海に、森の外に、惹かれておいででした。しかも、その傾向を助長するように、王族がたはリーチェ様にひどい扱いをしてきて……。そのことに気づくのが遅れたうえに何もできず、心苦しくて……せめて少しでもお力になりたいと、侍女として潜り込んだ次第です」
「……そうだったの。おかげさまで、本当にいろいろと助けられたわ」
ジルは言葉も堪能だったし、冷たい態度を見せる以外の問題など何もなかった。しかもその態度もふりだったという。
何もできなかったとジルは悔いているが、仕方ないことだと思う。王族とは距離をとる賢者側の人間として、アリアを助けることは干渉として過大だっただろうし、不可能でもあっただろう。賢者に権威はあれど、権力は無いのだ。
でも、とアリアは疑問に思う。
「気づくのが遅れたと言ったけれど……知ってはいたのね?」
「はい。リーチェ様はよく歌っていらしたので。お歌に精霊様の御力が宿っていることは、私にも分かりました。もちろん賢者様にも」
「あ……聞こえていたのね……」
なるべくこっそりと歌っていたつもりだったのだが、気づかれるくらいに聞こえてしまっていたらしい。しまった、と思ったが結果的によかったのだろうか。
(そういえば私……うっかりして兄にも歌を聞かれてしまったことがあったわ……)
自分の迂闊さに落ち込みそうになるが、今はそんな場合ではない。いろいろと知って、考えて、動き方を決めるために、頭を働かせなければならない。
「あなたや賢者様の立ち位置を知りたいのだけど、王家とは距離を置くということでいいのよね?」
「ええ。必要に応じて協調しますが、それだけです。もちろん敵対しているわけではありませんが」
「それなら……」
アリアはこくりと喉を鳴らし、おそるおそる確かめる。
「私が王家と敵対することになっても……報告したり止めたりしないと思っていいのかしら……?」
「しません」
ジルはきっぱりと答えた。
「関わらないという立場からも当然ですし、個人的な感情から言ってもそんなことはしません。精霊様をないがしろにするのみならず、家族や部下を使い捨てる彼ら彼女らに、私も思うところがありますし」
言うまでもなく、アリアやコゼットのことだ。表情は乏しく見えるジルだが、心の中では憤ってくれていたらしい。コゼットも驚いたらしく、目を見開いている。
(よかった……)
そこが一番心配だったのだが、杞憂でよかった。ジルが王家側について情報が筒抜けになったり敵対的に動かれたりしたらもうどうしようもなかったのだが、それは避けられた。
だが、まだ懸念点がある。
「今の私はノナーキーの王族ということになるし、これからもそれを変えるつもりはないわ。それでも……大丈夫なの……?」
ジルたちは、言ってしまえばトーリア王族よりもトーリアの中枢にいる。精霊信仰に深く関わっている。そんな彼女たちから見て、アリアは裏切者に映ったりしないだろうか。……事実そんな感じの立ち位置ではあるのだが。
だが、このこともジルは否定した。
「問題ありません。精霊様のご意思はリーチェ様のお歌に宿っておられます。力をお使いになれているのがその証拠です。国境は人間が定めたものですし、この大地にある限り、精霊様の御力は及びます。……海の方では弱まりますし、海を渡れば途切れてしまうはずですが。私たちは、事実を尊重するだけです」
よかった、と頷いて、アリアはふと気づいた。
「それなら……かつての国土を回復しようとするかのような、トーリアの今回の無茶な戦争に……賢者様やあなたたちは関わっていないのね……?」




