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え、とコゼットは呆気にとられたような顔をした。ジルも似たような表情になっている。
そんな二人に、アリアは冷静に言った。
「だってそれしかないでしょう? 私が生きていたらコゼットが失敗したことが悟られてしまうのだから。ずっと隠し通すわけにはいかないだろうけれど……」
時間稼ぎをする必要がある、コゼットの弟を逃がすために。
そして――父王たちの、裏をかくために。
これは願ってもない好機かもしれない、とアリアは逆に考える。
トーリア側の無謀な再戦の裏にあるトーリア国王の意図を知ることができるかもしれない。
それにはおそらく、アリアの死も関わってくるはずだから。
「筋書き通りに私が死んだことにして、時間を稼ぎつつ様子を探りたいと思うの。弟さんを助けて、トーリア国王の出方を見極めて、としたいわ」
そして、ことを始める前に、もっと情報を得ておきたい。
アリアはコゼットと視線を合わせた。
「私は弟さんを助けるつもり。だからあなたも私に協力して。人を殺すことを強いる者よりも、私の側についてほしいわ」
アリアの要請に、コゼットは躊躇いなく頷いた。
「本当にありがとうございます。私の願いはそのことだけです。失敗した時点で私の命はお妃様のもの、いかようにでもお使いください」
頭を垂れるコゼットに、アリアは優しく諭した。
「そこまでのものを求めるつもりはないわ。あなたも生きなければ駄目よ」
生きる意志が希薄だったアリアだが、だからこそ今は、生きなければと思える。周りの人にも、死んでほしくなどない。
コゼットはぐっと何かをこらえる表情になり、さらに深く頭を下げた。
それに深く頷きを返し、さらに問う。
「教えて。私を殺すよう指示したのは、誰なの?」
コゼットは答えるのを躊躇った。だがその躊躇いは、命じた者を庇って名前を伏せておきたいという思惑ゆえではなく、アリアを慮るものだと分かった。
「私は大丈夫だから、教えて」
「……ハロルド殿下、です。……ですが、お部屋には他の王族がたのお姿もありました」
「…………そう。……ありがとう」
長く息をつき、しばし目を瞑って、アリアはこの情報を呑み込んだ。王太子ハロルドは国王の意を受けていなければおかしいし、他の王族も共有しているということだ。
要するにこれは、全員だ。王族ぐるみで――血の繋がった者たちが――アリアを死なせると決めたのだ。
これは一般論だが、国の支配者が一夫多妻である場合、家族仲は良くないことが多いものだ。夫を取り合い、権力を奪い合い、自分の子にこそ上に立ってほしいと蹴落とし合う。
トーリア王家も一夫多妻だが……互いを蹴落とし合うというよりも、矛先はすべてライラ母子に向けられた形だ。母ライラは国王の寵愛が深かったので守られていたが、その母に出ていかれて捨てられ、父から見捨てられたアリアは、悪感情を一身に浴びた。守ってくれる者もなく、積もり積もった憤懣をぶちまけられ、鬱憤晴らしの対象にされた。
……改めて思い返そうとすると頭が痛む。エセルバートから人間らしい暮らしを与えてもらった今のアリアは、昔の自分がおかれた状況がいかに悲惨なものであったかを客観的に理解している。
そこにはもう、和解などというものはない。コゼットがもたらした情報がとどめになったとはいえ、ぼろぼろになっていた関係性が粉々になっただけだ。修復不可能だと見せつけられただけだ。
(……なんだかもう、むしろ……すっきりした気がするわ……)
そこまで嫌われていたのかと衝撃を受け、涙を流す段階などとうの昔に通り過ぎた。嫌われているのは分かっていたし、心も体も痛めつけられすぎて生理的な涙が勝手に零れるくらいのもので、わざわざ悲しんで泣くようなことなどなかった。
「お妃様……」
「弟さんを大切にしてあげてね。きっと助けてみせるから」
アリアはコゼットとの会話をそれで終わらせ、今度はジルに向き直った。
「動き出す前に、もっと情報が欲しいわ。時間もないし味方も少ないし、使えるものは何でも使わなければならないもの。ジル、精霊様の御力について、もっと教えてもらえるかしら。私もお借りして使える……使っているのでしょう?」
「そうですね……では、そもそもの初めから」
ジルは頷いて説明を始めた。
「精霊様の御力は、森の中で生まれ、森の中で育まれたものとされます。私は草木を伸ばすことができますが、水や風を操ったり、動物と意を通じたり、現れ方はさまざまです。リーチェ様の場合は……癒し、と申し上げればいいのでしょうか。健やかさを促進させるもののようです。お歌いになることによって花々を美しく咲かせ、人々の心や体を癒す……」
(……花々を美しく咲かせ、人々の心や体を癒す……)
アリアには心当たりしかない。エセルバートの不眠を改善させることができたのも、この力のおかげだったのだ。
「他者が精霊様の御力を行使できる者かどうか、見分けられる者も見分けられない者も、なんとなく見分けられる程度の者もいます。そのあたりは個人差ですが、賢者様だけははっきりとわかっておられます。精霊様のいわば代弁者でしょうか。力ある者を見分けて名前を授け、見守っていく……」




