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王と歌姫  作者: さざれ
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「~~! ~~~~!」

 コゼットがじたばたと暴れている。手足がまとめて縛られているような格好なので、体ごと動くしかない。だが蔦は意思を持ったかのようにぴんと張り、彼女の移動を妨げた。

 息はできているようだが口元まで蔦でぐるぐる巻きにされているために口が開けられないらしい。

 何か必死に伝えようとしているらしいので、せめて口元だけでも解いてもらえるように頼むべきか。迷うアリアに、ジルが少し首を傾げた。

「自分を殺そうとした相手ですよ? 彼女は精霊様の御力を使えないと思いますが、万が一そうであった場合、声を出せる状態にしておくのは危険です。私たちは声によって意志を伝え、精霊様の御力を借りるのですから」

 そう語るジルの声は、改めて意識してみると雪がさらさらと降り積もるような、不思議な静謐さのある印象的な声だった。ふだん口数が少ないのは、アリアやコゼットに対して自分の立場を隠していたからというだけではなく、精霊の御力を借りてふるう者としての教えがあるからかもしれなかった。

 なおも唸りながら何かを訴えようとするコゼットの言葉を通訳するように、ジルはアリアに語った。

「彼女は弟を人質に取られているようです。貧民街から掬い上げられ、汚れ仕事を押し付ける捨て駒として教育されましたが、同じ境遇の弟はトーリアの王城に留められているとか」

「…………!」

 おそらくアリアを慮ってだろう、ジルははっきりと名指しはしなかったが、コゼットを手駒にしている王族は……王その人であることは間違いないだろう。他に関与している者もいるかもしれないが、そこまでのことを国王の判断なしに勝手に行っていいはずがない。

(お父様が……いえ、トーリア国王が…………)

 とうとう、アリアを殺すことにしたのだ。いつかそんな日が来るかもしれないと薄々悟ってはいたが、実際に寸前まで行ってしまうと、今更ながらに怖気が走る。あんなに可愛がってくれた実の父が……娘を殺そうというのだ。

(分かってはいたけれど……私はしょせん、母のついでだったのね……)

 それを思い知らされて、さすがに心が痛い。ノナーキーで大切にされたぶん、扱いのひどさが心をえぐる。

 それだけではない。コゼットの事情も、アリアを打ちのめした。従わなければ弟を殺すと脅されていたなんて……アリアに刃を向けたときの、彼女の泣きそうな表情を思い出すとこちらまで泣きそうになってしまう。

 気づけばコゼットはすっかり大人しくなっていた。事情を知られたくなかったのか、それとも知ってほしかったのか、暴れても無駄だと悟ったのか、とにかくも大人しくしている。

「リーチェ様は……お優しいですね」

 ジルはぽつりと呟いた。

「周り中を恨んでも無理のない状況に置かれながら、心のいちばん大切な部分だけは守り抜かれた、その矜持の高さに……精霊様も御力を貸したく思われたのでしょうね……」

 アリアが尋ねるよりも早く、ジルは言葉を継いだ。

「精霊様の御力を借りることができる者の条件は、はっきりと分かっていません。血筋によらず、私のように力をお借りできる者もいます。ですがトーリア王家は、代々祭司を務めてきたということで精霊様の覚えもめでたいようです。……近年はそうでもないようですが」

(確かに……王族から信仰心を感じたことはあまりなかったかも……)

 彼らの目は精霊ではなく、人々を従える方に向いていた気がする。だが精霊や賢者など信仰面の軽視はもしかしたら、アリアだけが二つ目の名前を授かったせいも少しあるのかもしれない。アリアを冷遇対象と定めたときに、一緒くたに気に入らないものとして敵視めいた視線を向けたということかもしれない。……もちろんアリアのせいではなく、助長したかもしれない、というくらいだ。

「ジルは……賢者様から遣わされたのよね……?」

「ええ、まあそんなものです。命じられて遣わされたというより、私自身が買って出たのですが。力の行使者が国外に出ることはあまり例がありませんし、リーチェ様は狙われておいででしたし……年の近い私が、と。おそれながら、私もリーチェ様のお命を狙う立場を装っておりました」

 コゼットに協力する姿勢を見せていた、ということだ。先ほどコゼットがそのようなことを口走っていた。

「そういえば、いつも不機嫌そうな様子だったけれど……その立場に納得していなかったわけではなさそうね……?」

 アリアに仕えるのが不満なのかと思っていたが、こうして命を助けてくれた。それが不本意というようにも見えない。

「それは彼女の要請ですよ」

 ジルはコゼットを目線で示した。

「二人しかいないトーリア人侍女の一人がよそよそしければ、他方に心を開いたり頼ったりなさりやすいでしょう。私は憎まれ役を引き受けていたのですよ」

「……なるほど、そういう……」

「それに、私もその方がやりやすかったので。愛想のいい方ではありませんし、少し離れたところからリーチェ様と彼女の様子を窺えればと思っていました。……街で掏摸に遭われたときは、さすがに肝を冷やしましたが」

 被り物を取られそうになった時だ。今回のように刃物を向けられたりしたわけではないから、とっさの対応を迷ったのだろう。

 あの時はコゼットに助けられたが、今にして思えば彼女の動きは訓練されたもののようだった。彼女に課せられたものを、推し測れる機会はあったのだ。

(……危機感が足りていなかったわ、私……)

 殺されるのは公の場で、ノナーキー人によって行われるのだろうと思い込んでいた。

 こんな身近に――アリアを殺す用意がされていたことなんて、かけらも想像すらしなかったのだ。

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