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王と歌姫  作者: さざれ
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 刺される、と悟った瞬間、アリアの脳内にさまざまな思いが去来した。

 ここで殺されるわけにはいかないという焦り。コゼットに殺したいほどに憎まれていたのかという衝撃。そして何よりも、エセルバートのこと。

(こんなところで、無駄に死ぬわけにはいかないのに……!)

 分かってはいるのに、体がとっさに動いてくれない。

 腹を刺されそうになる。短剣の切っ先が服に届く。アリアは目を見開いたまま固まって、致命的なその先を見届けようとしていた。

 その短剣が――窓の外から伸びてきた蔓に絡め取られた。鋭い声とともに。

「伸びよ、蔦! 巻き取れ、鋭き刃を!」

「!?」

 何が起こったのか分からない。アリアも、コゼットも呆然として短剣が奪われるさまを視線で追う。

 まるで意思を持っているかのように素早く伸びて動き、短剣を絡め取っていった蔦は、どうやらアリアたちが滞在する拠点の壁にへばりついて伸びている蔦のようだった。

 そしてその蔦を操っていたのは、いつもの冷静さを欠いて少し青ざめた顔をしているジルだった。

「何、どういうこと!? それにあなた、どうして私の邪魔をするの!? 私に協力してくれていたはずじゃないの! どうせあなたも誰か王族の子飼いなのでしょうし、手柄を私に取られたくないっていうこと!?」

 混乱した様子でコゼットが叫ぶ。

 その内容を聞き、アリアはだいたいのところを察した。

 コゼットは、王族の誰かに命じられて、アリアの命を取ろうとしたのだ。ジルはその協力者か、そのふりをしていたということだ。

 だが……動機などではなく、蔦を操るそのからくりについてがまったく分からない。

「助けてくれた……のよね……? ありがとう……? それでジル……いったいどういうことなの……?」

 感謝の言葉があやふやになってしまった。

 命の危機を救われたことに間違いはないのだが、これからジルに改めて殺されるという展開が待っているのかもしれない。そうなってもアリアには抵抗のしようがないから、せめて真相を知ろうと、そしてできれば時間稼ぎをしてエセルバートに気づいてもらう機会を増やすなり打開策を考えるなりしたいと、時間稼ぎと単純に混乱の解消を求めてアリアはジルに問うた。

「説明は後です」

 ジルは短く答え、「戒めよ」と再び蔦を操ってコゼットをあっという間にぐるぐる巻きにしてしまった。蔦は細いが強度はかなりのものらしく、刃物を失ったコゼットがもがいてもまったく千切れそうにない。

「無駄ですよ。編めば人が壁を上り下りするのにも使えるような蔦ですから。だからこそ軍事拠点の壁に伝わせたままにしているのかもしれませんね。見張りを立てれば敵の侵入は防いだり気づいたりできますし、その時は焼き払うなりするのでしょうが、自分たちがいざという時に逃げ出せるように生やしてあるのでしょう」

 いつになく饒舌に話すジルは、相変わらずあまり表情を変えない。

 アリアを殺そうとしているのかどうか、表情から読めない。

 ジルがアリアを振り向き、アリアは思わず肩を跳ねさせた。その様子を見てジルはほんの少し眉を下げた。

「私にお妃様を……いえ、リーチェ様を害する意思はありません。信じていただけないかもしれませんが……」

「……いえ」

 アリアは首を振った。

 もしもジルがアリアを害するつもりなら簡単にできるのだろうから、その様子を見せないのなら信じるしかない。

 助けてもらったのも事実だ。……いったん助けておいて取引を持ち掛けるなどする可能性もあるが、とりあえずこの場では害されないだろう。

 それよりも、気になることがある。

「あの……私のことを、リーチェと呼んだのはどうして?」

 確かにそれもアリアの名前だ。アリア・リーチェ・トーリア。トーリアはもちろんトーリア王家の者であることを意味し、アリアは親から授かった名前、リーチェというのは賢者から……

(……もしかして)

 アリアが悟ったことを察したのだろう、ジルは頷いた。

「私は王族の方から遣わされた者ではありません。そう装ってはいましたが。改めて名乗らせていただきます。ジル・フィリア・トランと申します」

「二つ目の、名前……!?」

「そうです。精霊様の御力を借りることのできる者が、賢者様を通して与えられる名前です」

「もしかして、蔦を操った不思議な力は……」

「精霊様の御力によるものです。精霊様は森に住まわれる方。人が国境を動かしたからといって移動したりはなさいません。このあたりなら強く御力を借りられますし、そうでなくても、緑のあるところであればお借りできます。もちろん、行使する者の力量に左右されますが」

 驚きながら話を聞いていたアリアだが、もしかして、と思い至ることがあった。

「心当たりが……ないこともないわ。トーリアの城が夢の城と呼ばれて、特に離宮のあたりの緑が美しかったとか……」

 土壌が違うわけでもないし、特に丁寧に手入れされていたわけでもない。庭師のすべき仕事がすべて素人のアリアに押し付けられていたのだから、草木の生育環境としてはむしろ悪かっただろう。

 それなのに、花々は美しく咲いた。

「そうです」

 ジルは頷いた。

「それが、リーチェ様のお力。お歌いになることによって精霊様がお貸しくださる御力。ですので、リーチェ様を失ったトーリア城の草木は元気をなくし、トーリア王とその周囲にしっぺ返しが来ようとしているのです」

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