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王と歌姫  作者: さざれ
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 エセルバートは精力的に動いた。トーリアとノナーキーの再戦が起こらないようあちこちと連絡を取ったり、要所に適切な人員を遣わしたり、情報を精査して方針を定めたり、とにかくやることが多い。しかしアリアを生かし続けるために、なんとか方法を探っていかなければならない。

 しばらくそうやって城の中であれこれと動いていたが、それでは済まない用が少しずつ積み重なり、とうとうエセルバートはアリアにこう言うことになった。

「どうしても、城を空けて私自身が行かなければならない用事ができた。港を拠点に、情報を取り交わしたり調整したり確認したり、細々したことをこなしていかなければならない。城を拠点にすると移動に時間がかかりすぎるので、そちらに泊まらざるを得ない。城にはしばらく帰ってこられない」

「まあ……」

 それを聞いてアリアが真っ先に心配したのが、

「お出でになった先で、陛下、お眠りになれるでしょうか……?」

 アリアは相変わらず毎晩、エセルバートの枕元で歌ってくれている。歌う時間を減らして、やがては歌がなくても眠れるようにすることも提案はされたのだが、その時に却下して以来、試していない。

 将来的にはそうした方がいいのだろうとは思いつつ、エセルバートはアリアを手放したくないし、アリアも彼の役に立てること、彼の横で眠れることが幸せだと健気にも言ってくれるので手放しがたい。

 結局、お互いの暗黙の望みのうちに、歌う夜が続いている。

「そうだな……」

 エセルバートは難しい顔をした。

 アリアの歌がなくなったら、また眠れなくなるだろうと思うのだが、一応、それでも動くことはできる。だが効率が落ちるし、交渉などにも差し障りが出るだろう。

 きちんと眠れた後に感じたのは、それまでがいかにひどかったかということだ。頭に濃い霧がかかっていたのに、それに気づかずにいたようなものだ。

 それはきっとアリアも同じなのだろうと思う。健康を取り戻して成長しつつある彼女も、それまでは体がいつも重かったのに、今はこんなにも軽い、と嬉しそうに言っている。そしてその言葉を証明するように、好奇心に満ちてあれもこれもと知りたがり、学んでいる。

 晴れ渡った状態を知ってしまった今、短期間だからと眠りをおろそかにはしたくない。

 それだけではない。アリアを一人で城に残しておくのも心配だ。

 彼女は敵国出身の王妃として微妙な立場にある。

 王侯貴族はアリアの人質で生贄である役割を理解しており、目障りに思ったり少しくらいは同情したりしている人もいるかもしれないが、下手に手を出したり関わろうとしたりはしない。手を下さなくてもどうせ長くない命だと承知しているからだ。情を移しても悲劇になるだけなので、味方しようともしない。

 逆に、城で働く者や城に出入りする者たちには、アリアは受けがいいらしい。主に歌によって言葉を交わすことがあったり、関りができたりしたようだ。

 そうした人々がアリアの立場をどこまで知っているか、それは本当に人による。貴族に近しい人なら正確に知っているだろうし、そうでない人なら単純に慕っていたり厭っていたりするかもしれない。

 今のところはエセルバートの目配りが行き届いていることもあって、彼女が危ない目に遭うこともないが、一人になったらどうなるか分からない。

 それに……エセルバート個人の感情としても、アリアを一人にして放っておきたくない。

 日を追うごとに美しくなる彼女は、王妃という触れがたい立場にあるのに男性たちの視線を惹きつけてやまないのだ。

 本人がまるで気づいていないことだけが救いだが、それもいつまで続くか分からない。

 とにかく、様々な理由で、アリアを一人で城に置いておきたくない。実のところ、アリアなしで自分が眠れるかどうかの心配よりも、そちらの心配の方がはるかに大きい。

 エセルバートがこんなにあれこれと気をもんでいるというのに、何も知らないアリアは首を傾げている。

 その様子に悪戯心と嗜虐審がくすぐられるが、自制する。不埒に手を伸ばす代わりに、こう言った。

「アリア、来るか」

「え?」

「私と共に来るか? ……連れていくのも、それはそれで心配ではあるが。少しでも近くにいてくれた方が安心だ」

「私が……城を出て、外へ……? エセルバート様と一緒に……!?」

「もちろん、嫌なら無理強いは……」

「ぜひともご一緒させてくださいませ!」

 アリアは目を輝かせた。

「もちろんずっとお傍にいられるわけではないことは分かっております。お城の外だと不自由なことが多いかもしれないなど心配してくださっていることも。でも、連れて行ってくださいませ。私は、ノナーキーの国のさまざまな場所を、見てみたいのです」

「この国を……?」

「そうです。もう私は、この国の王妃なのですから。王妃として生きることを、許していただいたのですから……、っ!?」

 言葉はそこで途切れた。エセルバートが不意にアリアを抱きしめたからだ。

「そうだな、連れて行こう。そなたにも見てほしい。我が国を……我々の国を」

「はい!」

 アリアは元気よく返事をし、その夜、興奮でなかなか寝付けないという子供のような失敗をする羽目になったのだが、先に眠りについていたエセルバートがそれを知ることはなかった。

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