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なんとかアリアの命を救おうと、エセルバートは忙しくしているようだ。夜は遅いのに朝は早いし、食事も最低限で切り上げたり執務室などでとることが多かったり、執務室にはさまざまな人が入れ替わり立ち代わり出入りしている。
(私を……助けるために……)
敵国の王がこのように動いてくれている現状が、まだ信じられない。母国ではあれほど冷遇されていたというのに。
エセルバートがまず第一に考えているのは、戦争の再開を回避することだ。
そうなるといい、と思う。自分だけでなく、犠牲者が出なくて済む。
ここへ来て、アリアはさまざまなことを知っていった。トーリアとノナーキーの戦争が、トーリア側の身勝手で始まった理のないものであること。トーリアの劣勢は周辺諸国を多少味方につけたところで覆らないものであること。
アリアが犠牲になろうとなるまいと、戦争の行方は変わらない。アリアを含め、犠牲者が増えるだけだ。
為政者としてはもちろん、その後の交渉を有利に進めて結果的に自国の利益が大きくなるように、犠牲を許容してでも戦う選択肢も当然視野に入るだろう。その是非を論じる立場にないアリアは、信じるしかない。
彼ならきっと、犠牲が出ないように、それでいてノナーキーの今後のためになるように、最善の選択をしてくれるだろうと。
アリアは、生きていたい。
歌っていたい。彼のそばで。
もっといろいろなことを知りたいし、いろいろなところに行ってみたりもしたい。食べたり飲んだり考えたり感じたり、この世界を思いきり味わってみたい。
そんなふうに望めるのも、エセルバートが許してくれたからだ。
そして、健康を取り戻してきているからだ。
食べるものや眠るところ、着るもの、身の回りの環境が高水準に整えられて、いままでの遅れを取り戻すように体が成長し、健康になってきている。
アリアは歌うことによって心をかろうじて守ってきたが、体がぼろぼろだと心を保つことすら困難で、望むことすらできないのだと身に染みて分かった。
望むことは――生きようとする心と、体がなければできないことだったのだ。
心身が整いつつあり、知識も増えつつあるアリアは、少なくともここ十年は覚えのない気力に満ちている。
(私も、私にできることをしたい。戦争を回避するために、エセルバート様を助けるために、できることがあるなら……)
もちろん、今の自分は何もかも足りていないことは分かっている。付け焼刃の知識ではエセルバートの力になれず、むしろ足を引っ張るだけだろう。
アリアが持っていて、使えそうなものはといえば、血筋と立場くらいのものだ。
それと、歌。
(歌うことは……エセルバート様の不眠を解消することは、できてはいるけれど。できればもっと、他にも……)
「お妃様、何かお悩みですか?」
思い悩むアリアの表情を見たコゼットが、心配そうに声をかけた。
エセルバートとの関係が改善してから、彼はアリアにノナーキー人の侍女や使用人を何人もつけてくれた。そんなに必要ないのではと思いつつも、それでも少ないと言われ、コゼットやジルの負担が減るのも確かなのでありがたく受け入れたのだ。
それでもコゼットやジルが近くにいてくれるのは変わらない。手の空く時間が増えたことで、こうやってアリアの相談にも乗ってくれる。
戦争を止める助けをしたいなど大それたことを言うのは気が引けたので、アリアはこう言うにとどめた。
「何か私に、陛下のお役に立てることがないかと思って。血筋と立場と、歌うことくらいしか取り柄がないけれど……」
「そんなことありません! それに、仰った三つだってものすごいことです! どれも替えがきかないじゃないですか!」
「それは確かに、そうかもしれないけれど……」
「それにお妃様、今でも充分陛下のおためになっておられるのでは? これだけのご寵愛を受けていらっしゃいますし、毎晩陛下から求められていらっしゃるのでしょう?」
「コゼット!」
ジルが窘めた。そこでアリアは悟った。これもまた、閨事についての話なのだろうと。
(確かに歌を求められてはいるけれど……)
何か違う気がして口を開こうとした、そこで他の侍女から声がかけられた。
「……お話し中に失礼いたします、王妃殿下。少し確認させていただきたいことが……」
居合わせたノナーキー人侍女が口を挟んだので、アリアは首を傾げつつ頷いた。コゼットたちとの話は後でもできる。
促されて別室に移動し、小声でやりとりを交わし……
……そこでようやくアリアは、自分がこれまで子を産める状態ではなかったこと、閨事の何たるかを知ったのだった。




