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それからエセルバートとアリアは、いろいろな話をした。
アリアがどんな風に暮らしてきたか。エセルバートがどんな風に戦ってきたか。戦争の原因と経過。今後の見込み。ノナーキーの地理、エセルバートの好み、アリアの歌……
話はあちこちに繋がり、とめどなく広がり、話してなお尽きる気配がない。
しまいにはエセルバートも一緒に軽食を摘まみつつ話し通して、気づけば夕食の時間が近いくらいになっていた。
(……さすがに、疲れた……)
こんなに話をしたことはないし、話を聞いたこともない。自分のことをさらけ出したことも、受け取ってもらったことも。
疲れたと声には出していないはずだが、エセルバートは察したようだった。苦笑して詫びた。
「すまなかったな、いろいろ質問攻めにしてしまった。疲れただろう」
「ええ、でも大丈夫です。喉は問題ありませんし……」
疲れたと感じているのは頭だけだ。くつろげる造りの椅子に座って、喉を潤して、甘いものに飽きたらしょっぱいものを摘まんだりして、体を楽にしつつ語り通した。
「喉、か……」
エセルバートの指がアリアの喉に伸びた。触れるか触れないかのところで止め、憤りを隠さない声で言う。
「いたいけな子供の喉を潰したなど、許されることではない。元からあの国の戦争のやり方……指導者層のやり方には疑問を抱いていたのだが、戦争に限らず、やり方は変わらないのだな」
アリアが一度喉を潰されたことも、そこから回復したことも、すべて話してしまった。もう、彼に隠すことは、何もない。
(何もない…………? ……ん? ……ちょっと待って、なにか話し忘れているような……?)
喉に小骨がひっかかったような感覚で、アリアは記憶を探る。
(……そうだ、閨教育。私は閨教育を受けていないのだと、伝えそびれていたわ……)
前にも伝えかけたことはある気がするが、そういえば今回も伝えていなかった。
だが、今さら余計なことを言い出す雰囲気でもない。エセルバートの火のような怒りに油を注ぎそうだ。
「そなたの歌声に、私は救われた。私だけではない、歌声に癒されていたという人々は、尋ねてみたところ結構な人数がいたのだ。かけがえのないそれが、失われていたかと思うと……!」
(…………。……うん、話さないようにしよう……)
これ以上に話をややこしくしなくてもいい気がする。アリアが驚くほど、エセルバートはアリアに親身になって憤ってくれている。もう、それだけで充分だ。
アリアが七歳から十七歳までろくな教育を受けていなかったことは伝えてあるのだから、彼なら察してくれるだろう。わざわざ別に伝えなくても大丈夫なはず。
そう思うことにして口をつぐんだアリアに、エセルバートは不思議そうな目を向けた。
「……しかし、そなたは……怒らないのだな」
「え?」
「話を聞いていただけの私でさえ、はらわたが煮えくり返るかと思うようなひどい境遇だ。それなのに、そなたはどうしてそこまで……平気そうなのだ?」
心底不思議そうに問われて、アリアは自分に問いかけるようにした。しかしもちろん、出てきた答えは一つだ。
「平気……。そうですね……たぶん私には、歌があったからだと思います」
歌の中で、アリアはどこまでも自由だった。自分であって自分ではなかった。現実ではどんなにつらくて希望がないときでも、歌っていれば忘れていられた。
「…………なるほどな」
エセルバートはなにやら納得したようだった。
「私はそなたのことを、意思が希薄な人形のようだと思っていた。だがそなたは、歌の中に感情を逃がしていたのだな。そうやって、自分を保っていたのだ。私に聞かせてくれた歌は、どれも私の感情を揺さぶって……共鳴させていた。豊かな感情と感性とが、その中にあった」
「それは……そこまで褒めていただけるようなことかは……」
アリアは少し目を伏せた。
どうやっても体を守ることはできなかった日々、心だけは守ろうとして、歌の中で保っていた。消極的なそれを評価してもらうのは気が引ける。
だがそのように伝えると、エセルバートは首を横に振った。
「そんなに卑下することではない。歌はそなただ。同じものだ」
(同じ……)
他人の口から出たはずの言葉が、すとんと自分の心に落ち着いた。
(歌は、自由だから。私にとって、命そのものだから……私そのものだから……)
歌っていられれば、アリアはアリアでいられる。
命が尽きることを、恐れずにいられる。
「……そういえば」
アリアは何気なく口にした。
「陛下、今夜も私は陛下のもとに参ろうと思いますが、歌を少しずつ短くするなどして、歌がなくてもお眠りになれるようにしていく方がよろしいですね」
アリアの言葉に、エセルバートは少し固まった。ぎこちなく振り返り、確かめるように尋ねる。
「……それは、どういう意味だろうか」
「? そのままの意味です。私がいなくなっても、陛下が健やかにお眠りになれるようにしなければなりませんから」
「……いなくなっても……生贄として死んでも、という意味か……?」
「……陛下……?」
ゆらりと、彼の背後に怒気が見える気がする。このあたりで、何かまずいことを言ってしまったとさすがにアリアも気づいた。
「……その……」
「……いや、いい」
しかしエセルバートは怒気を抑えた。首を振り、アリアに言う。
「とにかくも、今日の夜だ。歌を短くすることなど考えなくていいから、いつも通りに来い」
「…………かしこまりました……」
違った。怒気は抑えられたのではなく、凝縮されたのだ。
エセルバートの物騒な笑顔を見ながら、今日が自分の命日になるかもしれない、とアリアは何度目になるか分からない覚悟を固めた。




