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目が合い、エセルバートは思いついたように立ち上がった。少し待つようにと言い置いて部屋の外に出ていく。
しばらくして戻ってきた彼はなぜかワゴンを押していた。
その上にはなぜか、どこぞの王様でももてなすのかと思ってしまうような、豪華なお茶の支度が整えられていた。
それを、この国の王様がアリアの前に給仕していく。
(え……ちょっと待って、何が起きているの……!?)
状況についていけなくて固まっているアリアの前に、ポットとカップが置かれ、カトラリーが用意され、何段にも重なった皿にぎっしりと美味しそうな軽食や甘味が乗せられてワゴンから移される。
「小さいテーブルだからこうするしかない。本当はもっとたくさんの皿を並べるべきだが、これで許せ」
「許せ!? ってあの、陛下!?」
「朝食を中断させて連れてきてしまった。だからこれを代わりに食べろ」
「食べろ!? って……!? すごく嬉しいけれど絶対無理です……!」
てんこ盛りの美食を前に目を回しそうだ。食べ切ろうと思ったら何日かかるか分からない。
数日程度なら日持ちするものもありそうだから、順番を考えれば食べきれないことはない、のかもしれないが……
「そなたは栄養をつけるべきだ。今まで本当に、すまなかった……」
真面目な顔で再び頭を下げられて、ますますアリアは困惑した。
「そんな……お詫びを申し上げるべきはこちらです。いつも美味しいお食事をいただいていますのに、食べきれなくて。勿体ないと思っていたのですが……」
「無駄にはしないから大丈夫だ。気になるなら、残りを侍女たちに下げ渡しても……いや、やっぱりやめだ。そちらを優先しそうな顔をしている」
「う……」
食べきれないのに手をつけるくらいなら、最初から取り分けるなりして下げ渡した方がいいだろうか、などと考えていたのが読まれていた。
「食べながらでいいから、ゆっくりでいいから、聞かせてくれ。そなたのことを」
(…………ご馳走を辞退するから、そちらもなかったことに……なりません、よね…………)
敵国の密室で、ご馳走を国王陛下に給仕されながら、その国王に何もかもを白状させられようとしている。
まったくわけの分からない状況に、アリアは白旗を上げた。
「…………では、母親の失踪から十年間、離宮で……そのように暮らしていたと……」
「…………そうです…………」
「……なんと……」
やりきれない、といったようにエセルバートは拳を握った。
「しかも……そうやって飼い殺しにしていた娘を、こちらへの生贄が必要となったとたんに引っ張り出すなどと……いや、違うな。そういった手駒……失礼、都合よく言うことを聞かせられる存在がいたからこそ、こんな条件を呑んだのか……」
「…………」
アリアは縮こまり、手持ち無沙汰にクッキーを少しかじった。
問われたことに答えていただけで、話していない部分についてまで推測されてしまっている。彼の前で隠し事は無理なようだ。もうどうにでもなれ、の心境でアリアは無駄な抵抗を諦めた。
「でも、王女を人質に求めたのはノナーキー側ではないのですか? トーリアの野心が衰えていない状況で人質を求めたら、それは必然的に生贄になるに決まっていると思うのですが……」
「……この話を受けるとは思っていなかったんだ。交渉の一環だった。高い条件を突き付けておいて、それが呑めないなら……と譲歩するような形でなるべく多くを呑ませるというものだ」
「……なるほど……」
「もちろん、その高い条件を呑むならそれでもこちらは構わなかった。だから驚きつつも受け入れたのだが、まさか王族の扱いすらまともにしてこなかった娘を引っ張り出して、自分たちの責任をすべて押し付けて寄こすとは……!」
エセルバートの拳が震えている。
アリアは信じられない思いでそれを見つめた。
(これは……もしかして、同情してくださっているのだろうか……?)
泣き叫べばせせら笑われ、懇願すれば踏みつけにされる、血の繋がった家族からそんな扱いばかり受けてきたアリアに、敵国の王様が?
(敵国……ううん、もうその考えも、違うのかも……?)
形ばかりとはいえ、アリアはもうノナーキーの王妃だ。エセルバートの……妻だ。
その意識を……持たなければならない。
アリアは決心し、エセルバートの震える拳にそっと手を重ねた。
「お話しします。私のことを。……その代わり、私にも聞かせてください。この国のことを……戦争のことを……」




