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王と歌姫  作者: さざれ
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 アリアの幼少期は、幸福だった。


 母親のライラは旅の歌い手で、旅芸人の一員だった。一座がトーリア王国に滞在し、城に呼ばれて見世物を披露した、その席でライラは国王ジョザイアに見初められた。

 ライラは国王の求愛を受け入れ、次の場所へと去っていく一座と別れ、自分ひとりトーリアに残った。

 国王はたいそう喜び、彼女を深く寵愛した。

 そしてやがて、女の子が生まれた。アリアと名付けられ、両親の愛情を受けて育った。

 生まれたのが王女だったことも幸運だった。トーリアでは基本的に男性が王位を継承していくため、王子であれば政争の真っただ中に放り込まれていただろうが、アリアはそうしたこととは無縁でいられた。政治的な立場の弱い母親から生まれた、王位継承に関わらない王女。そうした立ち位置であったため、王がいくら母子を愛しても大臣たちから危険視されずにいられた。

 ライラは天涯孤独で家族を持たず、しいて言うなら旅芸人の仲間が家族ではあったが、血縁のある者はいなかった。生まれた場所ですら定かではなく、もちろん貴族でも何でもない。血筋の定かではない女性の子供が王女として生まれても、王子でなければ特に何の問題もなかった。

 母親と同じ銀の髪を受け継いだ女児を、国王は溺愛した。さまざまな贈り物をし、母子に離宮さえ与えた。

 離宮とは言っても、城の敷地内にある建物だ。少し庭や木立を抜けて歩く必要があるとはいえ、それほど気負わずに行き来できる距離にある。王は足しげく離宮に通い、逆にライラやアリアが城の主な建物に行くことも多かった。

 その頃のアリアは幸福だった。親子三人、まるで一般家庭のような近しさで暮らしていた。

 ……だが、その状況を面白く思わない者は多かった。

 とくに正妃だ。

 貴族ですらなかったライラの身分上当然のことではあるのだが、ライラは正妃ではない。ジョザイアには他に正妃がいるし、さらに言えば側妃も複数いる。

 その全員が、その全員が、国王の寵を独占するライラを――そしてその子アリアを――憎んだ。

 憎んだからといえ、何ができるわけでもない。なにせ王の寵愛がある。王の権力が強い中にあって、母子は守られていた。

 政治的な力は無い、しかし目障りな、とにかく目障りな存在として、ライラとアリアは他の妃たちの嫉妬を集めていた。

 妃たちからは目の敵にされているとはいえ、王の寵愛深いライラにおもねったりあやかろうとしたり、ライラによくすることでジョザイアの歓心を買おうとする者も多かった。

 女同士の争い以外では母子を城に行きにくくするものはなかったし、そもそも争いにしても、ライラはそうしたことを気にしないたちだった。美しく自由な彼女は、そうしたやっかみに慣れていたし、煩わされるつもりもなかったのだ。

 そうした在り方がさらに妃たちの鬱憤を助長する。

 さらにライラは、よく宴の席に呼ばれた。美しい容姿と、奇跡のようによく通る澄んだ歌声を持つ彼女は、誰かを歓迎するときのもてなし役としてうってつけだったのだ。

 彼女が歌えば皆が感動し、涙を流す人まで出るありさま。さえずる小鳥のような話し声や笑い声も耳にこころよく、場の雰囲気を盛り上げる。

 ライラがいたことによって、王はさまざまな重要人物と良い関係を結べた。

 ……そのどこにも、正妃の居場所がない。

 立場を奪われ、寵愛も奪われた彼女は、公的にも私的にも形ばかりの正妃だった。微笑んで表情を取り繕いつつも、胸の中では、そして私的な場では、荒れに荒れていた。

 王の前では隠していたが、そうした雰囲気は滲み出るものなのだろう、王の足は遠のくばかり……いや、正妃が荒れていようと荒れていなかろうと、王はライラしか見ていなかった、彼女に骨抜きにされていた。

 最愛のライラとの間に生まれた娘アリアを、王はどこまでもかわいがっていた。


 ――転機は、ライラの失踪だった。

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