19
寝起きを共にするということは、必然的に、朝食を共にする機会も多くなる。
アリアとは必要以上の話をしないようにしてきたが、その気持ちも少し緩んだのと、これは必要の域に入るだろうと思ったのとで、ある日エセルバートは尋ねてみた。
「最近は食が進むようだが、我が国の料理人の拙い腕にも慣れてきたのか?」
「つたない……?」
パンをちぎって口にしようとしていたアリアは、その手を止めてきょとんとした。もしや言葉が通じなかったか、とエセルバートは言い方を変えた。
「トーリアの城で出される食事よりも、ここの食事はずっと貧相だろう。不味そうに食べていたと記憶しているが、これ以上の料理人は用意できない。慣れてくれたのならありがたいのだが」
「え……不味そう……? いえ、そんな……!?」
なぜだかアリアは慌て出した。
「そんなふうに見えていたのですか!?」
「ああ。不味そうで、不服そうに見えた。事実、食も進んでいなかったしな」
「ええええ……!? 違います、出していただいたものはどれも本当に美味しいです、本当です!」
アリアはこぶしを振るって熱弁する。
「パンの皮がかりっとしているのに中はふわっとしているのも、お肉を噛み締めたときに弾力があっていい香りがするのも、お野菜が新鮮なのに青くさくないのも、どれも本当にすごいです! こんなに美味しいもの、食べたことがない……かは分かりませんが、あったとしても本当に久しぶりです……!」
「…………そう、なのか……分かった……」
なにやら必死なのは分かった。食事が美味しいと思ってくれているのも分かった。だがまだ腑に落ちない。
「だったら最初は緊張していたのか? 何なら食べやすいかとか、確かめておくべきだったと……」
……言いながらエセルバートは思った。違う。彼女は肝が太いのか諦めているのか怖いもの知らずなのか、緊張らしい緊張をしない。結婚式のときも、エセルバートの寝室に来たときも。
(……いや、そのことは今はいい)
余計な考えを追いやる。
「……トーリアの王城では贅を尽くしたものが食卓に並んだのではないのか? あの国は古い歴史があるからプライドも高く、食文化も秀でていなければならないという意識があると思っていたのだが……」
「…………。……それはそれです! とにかく、ノナーキーの食事はすごく美味しいです!」
あからさまに誤魔化されたが、なにか思い出したくないことでもあるのだろうか。食事に毒が仕込まれていたとか、何かに中ったとか。
そこまで追及するつもりはないが、ますますアリアのことがよく分からない。
「……なら、どうしてあんなにも、食べなかったんだ?」
「…………それは、その…………」
「……食べられなかったからです」
答えたのは、アリアではなかった。壁際に控えていた彼女の侍女だ。たしかコゼットとか言ったか。
アリアは止めようとしたようだったが、遮るようにコゼットは続けた。
「王妃様は、トーリアで冷遇されておいででした。いえ、冷遇というにも生ぬるい仕打ちを受けておられました。私が存じているのはご結婚が決まられてからですが、花嫁修業の一環などと称して出された食事は飢えた者ですら食べたがらないようなものでした。穀物は家畜の飼料、野菜は余った部分をごっちゃに突っ込んで作られたジュース、肉は硬い部分に火を通しただけ……」
「コゼット!?」
アリアはとうとう声を上げて制止した。だがコゼットは止まらなかった。
「それでも一応は栄養がありました。ですが、王妃様がご自身のお住まいである離宮におられた時はどんな状況だったか……想像すらできません。そんな粗末な食事ですら健康状態が改善しておられたのですから、それ以前のことなど……家畜の餌のようなものですら、ろくに与えられていなかったのではと……」
しん、と沈黙が落ちた。
アリアは居心地悪そうに身をすくめた。
「――それは、本当か?」
静かに、エセルバートはアリアに問いかける。
「……あの、その……」
肯定するわけにはいかない、だが否定するわけにもいかない。そんな態度だ。答えあぐねたアリアの態度が答えだった。エセルバートは確信を得た。
「不味いから食べなかったのではなく……量を食べられなかった。そうだな?」
「……ええと……」
「だが、体が慣れてきて、だんだん量を食べられるようになった。そういうことだな?」
それなら納得がいく。結婚式のときは厚塗りの化粧で誤魔化していたと思しき肌荒れや血色の悪さ。それは緊張などのためではなく、栄養不足だ。それも、長年にわたる。
「……そうです……」
観念した様子でアリアはか細く答えた。
「何という…………」
絶句し、エセルバートは手で顔を覆った。
そして、絞り出すように言った。
「…………すまなかった」




