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王と歌姫  作者: さざれ
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(…………!?)

 エセルバートは目を覚ました。とっさにはね起きて辺りを見回す。いつもと変わらない自室の様子を見てしばし呆然とし、次いで長く息をついた。

 深く眠って朝に目覚めるなんて、本当に久しぶりのことだ。普通ではないことが起こった気分になって、ついつい過剰に警戒してしまった。

 何気なく手を伸ばし――なにか、温かく柔らかいものに触れた。

(…………!?!?)

 今度こそぎょっとしてそちらを見ると、乱れた銀の髪が見えた。

「……ん……」

 ころりと寝返りを打ち、その銀の髪の持ち主の体がこちらを向く。

 アリアが、そこに眠っていた。

 本は寝台横の小卓に置かれている。どうやら歌いやめた後、そのままこの寝台で眠ってしまったらしい。

(…………。…………戻るのが面倒だったのか……? 気持ちは分からないでもないが……いややっぱり分からん、警戒心というものがないのか…………!?)

 エセルバートはアリアに対して優しくしてこなかった。いっときだけの客人として扱い、情を移さないようにしていた。

(だが……何だ、これは? 妙に彼女のことが……気にかかる……)

 自分よりも七歳も年下の娘だ。寝顔はまだあどけなく、十七歳という年齢よりも下に見える。

 敵国に嫁いで夫には冷遇され、生贄としての役割も与えられて……しかし自暴自棄になることもなく、あまつさえ敵国の王の心配さえしていたのだ。……この、小さな体で。

 そう思うと、たまらなかった。思わず手を伸ばした。

「……ん、う……」

 かすかな声に、はっとする。

(今……私は、何をしようとした……!?)

 エセルバートは慌てて手を引っ込めた。結婚式のときには気遣いも何もなしで触れた頬が、その時よりもいくらか健康的な曲線を描いているそれが、触れがたいものに感じる。桜色の唇に、目が吸い寄せられる。

 駄目だ。いろいろな意味で、駄目だ。エセルバートは必死に自制した。

(いずれ失われる者に心を傾けるなんて、眠っている少女に手を出したいと思うなんて、敵国の者に心を許すなんて、…………)

 …………アリアは、何も知らずに眠り続けている。


 その次の夜も、そのまた次の夜も、アリアはエセルバートの寝室を訪れた。

 エセルバートは渋面で、固辞したいようなそぶりを見せたが、結局いつもしぶしぶとアリアを迎え入れた。アリアが退かなかったからなのか、それとも夜に眠れるこころよさに抗いがたかったのか、理由は何でもいい。とにかくも、アリアの歌は彼の不眠に効いた。

(まさか、人を眠らせるために歌うことになるなんて、想像したことすらなかったけれど……)

 試してみて確かめたのだが、気持ちを込めて歌えばだいたいどんな歌でも効くようだった。旋律だけの鼻歌は効かなかったから、何でもいいからとにかく言葉を乗せるようにしている。

 そしてその後で、アリアも同じ寝台で眠るのが常だった。いちいち部屋に戻るのが面倒だという理由もあるが、彼が夜中に目覚めてしまった時に備えてという理由が大きい。もっとも、アリアがそれに気づいて起きられるかどうかは別の話ではあるが。

 そして朝は、おおむねエセルバートの方が早起きだった。だがアリアの方が早いときもあるので、彼がきちんと朝方まで眠れていることは確かめられている。

 エセルバートの不眠が治ったことはダスティンにも伝えられたらしく、彼からも感謝された。そのあたりでようやく、敵に塩を送るようなことをしているのではと気づいたが、やめる気にはなれなかった。エセルバートの頭が冴えてノナーキーの国民の被害を最小限にして勝ってくれればありがたい、と思うことにする。

 戦の話は、エセルバートとはしていない。というよりも、お互いに必要以上の話をあまりしない。自分が生贄でしかない名ばかりの王妃だから無理もない、とアリアは思う。自分でも不思議なことに、彼を恨む気持ちが湧いてこない。

(悪い人ではないと、分かっているからかも……)

 トーリア王族のようにアリアを虐げたりしないし、むしろ敵国人だからそうする動機もあるはずなのに、抑制的だ。最初こそ警戒や嫌悪の視線を感じることはあったが、最近ではそれもなくなっている。その代わりに何やら物言いたげな、理解しがたいものを見るかのような視線を受けるのだが、それはそれで訳が分からない。

 そしてアリアは、思った以上に……彼の役に立てることが、嬉しい。

(自分の歌が……こんなふうに、ひとの役に立てるなんて……!)

 上手いと褒めてもらったことはある。聞きほれてもらったこともある。だが、こんなふうに、役立っていることが目に見えるかたちで確かめられるのは初めてだ。

 対象が彼だから嬉しいのか。歌によって役立てているから嬉しいのか。

 アリア自身には、まだそれが分かっていない。

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