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王と歌姫  作者: さざれ
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「……別になにも」

 目を逸らし、ぼそりとジルは答えた。アリアはなおも言った。

「直せることなら直すから、言ってほしいわ。無理ならあなたを国に帰せるよう、手立てを考えるから」

 アリアが目を合わせると、ジルは少し視線を揺らがせた。だが、それも一瞬のことだった。

「……不愉快な態度を取っていることは自覚しています。ですがその分を補うくらい、侍女として様々に努めているつもりですが」

 それは確かだ。不機嫌な様子を見せるところ以外、彼女に落ち度はない。むしろ優秀で、コゼットとは違ってノナーキーの言葉も流暢に使いこなすので重宝している。

 トーリアの言葉もノナーキーで通じないことはないが古めかしく聞こえるし、逆にノナーキーでよく使われる単語がトーリアでは全く使われていなかったりするので、コゼットはなかなか苦労しているようだ。少し教えてみて気付いたのだが、アリアは歌い手だった母の影響か、音に敏感だったためにノナーキー語の習得が容易だったらしい。三か月で覚えたとコゼットに言ったら呆れられながら感心された。

 コゼットはアリアの身の回りのことを。ジルはさらにその周辺のことを。最近はノナーキー人の使用人たちもアリアのために来てくれたりするので、いろいろと分担してもらいながら不自由なく過ごさせてもらっている。

「……でも!」

「いいの」

 まだ不満そうなコゼットを宥め、アリアは首を振って話を終わらせた。

「少なくとも私からは、あなたに不満はないわ。お話はここまでにしておくけれど、何かあったら言ってね」

「…………かしこまりました」

 ジルは頭を下げた。表情は読み取れなかった。


 そんなふうに小さな問題はありつつもおおむね楽しく気ままに過ごしていたアリアだが、ある日とつぜん、エセルバートの側近を名乗る青年ダスティンの訪問を受けて驚いた。ノナーキーの要人とは今までまったく交流がなかったし、名ばかりの王妃というアリアの立場上それは当然だった。

(……結婚式も終わってしばらく経ったことだし、今さら突き返されることはないだろうと思っていたのだけど……お飾りとしても不足とか、そういうこと……? それとも勝手にふらふらしすぎたのを咎められるとか……?)

 分からないが、逃げ隠れするわけにもいかない。

 アリアはダスティンを部屋に招き入れた。もちろん王妃が私室で身内でもない男性と二人きりになるわけにはいかないので、ノナーキー人の護衛が複数、同室している。

 ダスティンはくるくるした茶色の髪に緑の瞳の、明るい雰囲気の青年だった。怜悧な雰囲気のエセルバートとは対照的だ。

 その彼はなぜか、アリアを見るなり息を呑んだ。

「うわあ……改めて見るとすっごい美人! 結婚式の時には気づかなかったなあ……」

「…………ええと、その……」

 さすがに真に受けることはないが、反応に困る。ぼろぼろでみすぼらしかったアリアをそんな風に評する人など今までいなかったので。

(……いえ、コゼットにも褒めてもらったけれど。でも身内贔屓だろうし、お化粧はコゼットの腕前のおかげなのだし……)

 アリアが困惑していることに気づいたのだろう、ダスティンはこほんと咳払いをして挨拶をした。

 彼はエセルバートの側近であるばかりではなく、乳兄弟で、幼い頃からの友人で、公私ともに近しい立場にあることを説明され、なるほどと頷く。手土産だと言って砂糖漬けのさくらんぼをくれたので、お茶とともにいただきながら話を聞く。

 世間話を織り交ぜた挨拶が終わり、ダスティンは本題に入った。

「ところでお姫様、いえ、お妃様……お母様が歌い手でいらっしゃったとか耳にしましたが」

「ええ、事実です」

 隠しても仕方ない。アリアは端的に認めた。

「身分の知れない、旅の歌い手でした。正式な妃ではあったので私の身分も王女ですが、母方の血筋ははっきりしません。そのことが問題になったのでしょうか?」

「え? いえいえ、そういうことではなく! 失礼しました! その、僕が聞きたかったのは……お妃様も歌がお得意なのでしょうか? 最近、城の奥の方から、この世のものとは思われない美しい歌声が聞こえてくるとか……」

「…………あの、その……」

 音楽室くらいでしか他の人の歌声など聞いたことがないし、たぶんアリアのことを言っているのだろう、とは思う。それにしたって褒めすぎだ。肯定しづらい。

 居心地悪く身じろぎすると、ダスティンははっとして詫び、しかし後には退かなかった。

「お妃様ご自身が歌っておられるのは確かなのですよね?」

「……ええ、そうです」

「子守歌を歌われたりしました?」

「え?」

 アリアは瞬いた。しかしダスティンは真剣な眼差しだ。だから真剣に思い返して答える。

「そのつもりで歌ったものはありませんが、他国でそのように扱われている歌詞や旋律はあったかもしれません。母から多くの歌を教わりましたが、その背景までは把握しきれていませんので」

「……なるほど……そうですか……でも結果は同じか……?」

 ダスティンは少し考えたあと、顔を上げてアリアに頼んだ。

「陛下に、歌って差し上げていただきたいのです」

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