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王と歌姫  作者: さざれ
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 朝食は、豪華だった。

 焼きたてのパンからは芳醇なバターの香りがして、クリームの浮いたミルクも、ぱりっと焼かれた腸詰め肉も、卵のスープも、季節の野菜をふんだんに使ったサラダも、南国の果実のジュースも、何もかもが美味しそうだ。夢みたいだ。

 本当にこれを自分が食べていいのだろうか? いいはずだ、自分の前に出されているのだから。

(うわあああ……! すごい、パンから湯気が上がってる! ミルクは新鮮そうだし、卵は真っ白だし、お肉もお野菜もすごく食感がよさそう……! ジュースに使われている果物は何かしら、三種類以上入っていそう……)

 口に出さずに感動し、アリアはこくりと喉を鳴らした。

 マナーは正直自信がないが、どうせ間違ったところで自分とトーリアの評価が下がるだけだ、どうでもいい。控えている使用人の他にはエセルバートしかいないから、人前で失敗してエセルバートに恥をかかせる、みたいな心配もいらない。なにせ本人しかいない。

 それでもなるべく、同席するエセルバートを不快にさせないように気を付けながら食べ進めていくが、うっかりすると彼が同席していることを忘れてしまいそうだ。どれも見た目通り、いやそれ以上に、美味しすぎる。

(陛下が同席しておられるからだろうけれど……それでも私にまでこんな豪勢な食事を出してもらえるなんて、役得すぎない!? 食事を抜かれるとか、家畜の餌を出されるとか、いろいろ考えていたけれど……これからそうなるのかもしれないけれど……今は楽しまなければ損だわ!)

 七歳以前は美味しいものを食べていたはずだが、そういった記憶はさっぱり残っていない。十年をかけて薄れてしまったというより、冷遇され始めた当初、それまでとの落差がつらすぎて、それ以前の食環境や住環境をなるべく思い出さないようにしていたためだと思う。

(それにしても、量が多い……! 食べきれないのが恨めしい……!)

 十年間もまともな食事をしていなかったのと、付け焼刃の花嫁修業中も不味いものばかり出されたのと、旅の道中でも疲れで食欲がない中で保存食ばかりだったので、アリアの食は細い。栄養状態は多少改善されたが、まだまだこれからといったところではある。これからがどのくらいあるのか分からないが。

 味わいながら大事に大事に食べ進めていくと、不意にがたりと音がした。エセルバートが席を立ったのだ。

 自分が何かしてしまったかと焦ったが、単に食べ終えただけらしい。アリアから見れば七人分くらいありそうだった皿がきれいに空になっている。

 とっさに席を立って倣おうとしたが、エセルバートはそれを止めた。

「いい、食事を続けていろ。……無理するな」

「……? ……はい」

 何が無理なのか分からなかったが、おとなしく頷く。お許しが出たのをこれ幸いと、アリアは再び食事に没頭した。


(…………? ……本当に何なんだ、あの姫君は……)

 供回りもほとんど連れずに敵国に来て、エセルバートに怯えるでもなく媚びを売ろうとするでもなく寝室で待ち、休めと言えば寝台を譲って長椅子を使おうとし、食事の場ではエセルバートの存在を忘れたように食事をする……

(……何から何までわけが分からないし、調子が狂う。いったいあの姫君は……何が狙いなんだ?)

 先ほども、あまりに懸命に食事をしていたから伝え損ねたが、口に合わないなら無理に食べることはないのだが。

 一応気を遣ってトーリア風の朝食を用意させたが、アリアの食は遅々として進まなかった。パンかごからはパンを一つ取ったきり、皿に乗った肉や野菜なども小鳥が啄む程度しか口にせず、飲み物もコップ一杯分すら空にならない。幼児でさえもっと食欲を見せるだろうと思うのだが。

 頑張って食べようとしているのは伝わってきたが、そこまで嫌なら別のものを用意させたのに、と思う。同時に、ノナーキーの城の料理人が腕を振るってさえ、やはりトーリアの姫君の口には合わなかったか、と若干の苛立ちを覚える。

 お高く留まって、口が奢っていて、でも食べるしかないから嫌々食べている……それは食事をする者にとっても料理人にとっても不愉快なはずだ。

 それでもあの様子だと、明日からも彼女にはトーリア風の食事を用意した方がよさそうだ。海の幸をふんだんに使ったノナーキー風の朝食を出したら、下手したら指一本触れられずに終わりそうだ。あれ以上痩せられて倒れられても困るから……

「……陛下?」

「……ん? ああ、何だ?」

 エセルバートに声をかけてきたのはダスティンだ。執務室でぼんやりして余計なことばかり考えてしまっていた。なにせ昨夜は、一睡もしていない。

 敵国の者と同じ部屋にいて眠れるはずがない。そうでなくても夜にまともな眠りが取れなくなって久しいというのに。

(それを、あの娘は、一瞬のうちに……)

 横になったと思ったら即座に寝息が聞こえてきて、嘘だろうと思いながら気配を探っていたが、どうやら本当に熟睡していたらしい。呆れるほどの寝つきのよさだ。肝が据わりすぎているというか、警戒心がなさすぎるというか。

(初夜だとも自分で言っていたが……嫌がる様子も期待する様子もなかったが、本当に意味は分かっていたのだろうな……?)

 そんな風にも疑ってしまう。そういえば、儀式、などと妙な表現をしていた。

 トーリア人だから言葉選びに若干の齟齬があってもおかしくないと聞き流したが、改めて考えるとおかしいかもしれない。

「……陛下!」

 ダスティンが再び声を上げた。

「先ほどから、手が止まっておられます。僕ができるところまで片付けておきますので、どうか少しでもお休みになってください」

 ダスティンはそそっかしいしやかましいが、優秀だ。ミスが多いことを自分でも分かっていて二重三重にチェックをかける体制を整えているし、何かと気が回る。エセルバート自身が目を通さなければならない書類は多いが、それを整えてくれるのはダスティンだ。

「それなら……少し、横になる」

 執務室に隣接した部屋に、大きめの長椅子が置かれている。

 いざ寝台に横になると寝付けないことも多いし、執務室の隣の部屋に寝台を持ち込むのもどうかと思ったので、せめて座り心地――と、寝心地――の良い長椅子を用意させたのだ。

「どうぞどうぞ、ごゆっくり! お姫様の夢を見られるといいですね!」

 余計なことを言うダスティンを眼力で黙らせ、エセルバートは隣室に向かった。

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