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婚礼の鐘の音が、古い大聖堂に響き渡る。荘厳で厳粛な――王族同士の結婚式だ。
列席者は多いが、石造りの大聖堂には静謐な空気が満ち満ちていた。歴史ある国の王が、さらに歴史の古い国の王女を花嫁として迎える場だ。
しかし――そればかりではなく、会場はしんと静まり返り、冷ややかな敵意に満ちてもいた。
(花嫁は誰からも歓迎されていないな……。……無理もない)
花婿になる青年――ノナーキー王国の国王エセルバート――は他人事のように思った。ちらりと隣に目をやるが、花嫁の顔はベールに隠されており、表情も顔立ちすらも分からない。彼女が何を考えているのかも。
花嫁の母国トーリアは、ノナーキーに戦争で負けた。だが、国力が低いが歴史のあるトーリア王国をおいそれと潰すわけにはいかず、王女の一人をエセルバートの妻に寄越すことで一応の決着となったのだった。もちろん土地や権利の割譲などは別にあるが、象徴的に、トーリアがノナーキーに下ったことを示すための婚姻だ。
だが、この聖堂に集ったノナーキーの王侯貴族は誰しもが知っている。
この婚礼が――トーリアの悪あがき、時間稼ぎに過ぎないことを。
トーリアから嫁いでくる王女が――生贄でしかないことを。
トーリアは今、周辺諸国に根回しをして兵力を集めている真っ最中だ。形ばかりはノナーキーにへりくだりながら、虎視眈々と反撃の機会をうかがっている。もちろんノナーキーもその動きを察知し、妨害と対策に動いている。
しかし衝突が再び起こるのは時間の問題だろう。王女の命運はその時に尽きる。停戦の協定を無視されたらノナーキーとしては人質の王女を処分せざるを得ないが、トーリアはむしろそれを狙っている節がある。王女の弔い合戦という大義名分を得て、勢いを増して再び攻め入ってこようと動いている。
人質として、やがては生贄としての役回りを期待された王女――アリア・リーチェ・トーリア。
ノナーキーからもトーリアからも死を求められる王女は、その役回りをどこまで理解して、どんな態度に出るのだろうか。
悲観し、自暴自棄になっているのだろうか?
諦観し、粛々と受け入れようとしているのだろうか?
何も知らず、何も知らされず、この婚姻の意味を理解していないのだろうか?
あるいは、死ぬことを回避しようと足掻くのだろうか?
(――いずれであっても、厄介で面倒な相手には変わりない)
エセルバートは遠慮なく顔をしかめた。にこやかな表情など作る必要がない。そんなことは誰からも期待されていない。この婚姻を祝する人などいない。
花嫁は白いドレスに身を包み、楚々とした様子で足を進めているが、腹の中が真っ黒であっても驚きはしない。エセルバートは王という立場上、そうした女性を腐るほど見てきている。
祭壇にたどり着き、聖職者の前で誓いを交わし、王は花嫁のベールに手をかけ……