第一章:不定階段の噂 ー #2
翌日の放課後。
私は、昨日のことを思い出していました。彼ら天才たちが全く興味を示さなかった、あの不定階段。だからこそ、逆に気になって仕方がありません。
(一体、どんな階段なんだろう…)
好奇心に勝つことはできまさんでした。私は意を決し、校舎の隅にある、薄暗い屋上への階段へと一人で足を向けてしまったのです。
ひんやりとした空気が肌を撫でる。人気のない空間に、自分の足音だけが響きます。
一段、二段…と、心臓の音を聞きながら、ゆっくりと階段を数えます。
「…9、10、11、12。…12段?」
噂は本当でした。昨日聞いた話と、段数が違いました。
興奮を覚え、辺りを見回すと、階段の隅、壁と段差の隙間に、何か小さな黒いものが落ちているのに気づいたのです。拾い上げてみると、それは美術のデッサンで使う木炭の、小さな欠片のようでした。
(どうして、こんなところに…?)
手のひらの上のそれを、まじまじと見つめた、その時です。
「――そこで何をしているのかしら?」
氷のように冷たく、それでいて透き通るような声が、階段の下から響きました。
驚いて振り返ると、そこには腕を組み、冷然とした表情でこちらを見上げる華娘萌莉亜さんが立っています。彼女の後ろには、亜乃留絶久留(あのる、ぜっくる)くんと露佐古白蛇(ろさこ、はくしゃ)さんの姿もありました。
最悪のタイミングで、ライバルチームと遭遇してしまったのです。
ライバルと言っても、彼らは特に相手をすることはない、あくまでも自称ライバルなのですが。
「噂が気になって。…なにか分かった?」
咄嗟に、私は笑顔を作って問いかけます。もちろん、強がりです。物怖じしない、少しだけ間抜けな生徒を装って。
露佐古白蛇さんが、楽しそうに喉を鳴らします。
「あら、可愛らしいこと」
ただ、華娘さんは動じめせん。彼女の視線は、私の手のひらに注がれていたのです。
「あなたに教える義理はないわ。…それより、その手に持っているものは何かしら?」
(しまった…!)
心臓が跳ねます。しかし、表情には出すことはせず、私はしれっと答えたのです。
「ああ、これ? これはさっき美術部の人に会って貰ったんだ。あまり目にすることがないでしょ?少し興味があって」
そして、間髪入れずに話題をそらすことにします。
「それより、階段の数は本当に変わるんだね!」
華娘さんは私の嘘を追及することなく、ただ静かに目を細めました。
「…そう。美術部の、ね」
意味深な呟きの後、彼女はまるで子供に言い聞かせるように続けたのです。
「ええ、数は変わるみたいね。でも、なぜ変わるのかしら? ただ数が変わるだけでは、ただの現象よ。それを『謎』に昇華させるには、論理的な説明が必要だわ」
彼女はふいと興味を失ったように、私に背を向けました。
「私たちはもう行くわ。あなたも、素人がこれ以上首を突っ込むと…危ないわよ」
忠告とも、脅しとも取れる言葉を残し、三人は静かに去っていきます。
一人残された私は、その場にへなへなと座り込みそうになるのを必死でこらえながら、握りしめた木炭の欠片を持って、急いで旧視聴覚室へと走ったのでした。