第三章:偽りの恋文(ラブレター) ー エピローグ
旧視聴覚室。犯人だった夢野くんは、カウンセラーの先生に引き渡されたそう。
愛瑠来さんは、窓の外を眺めながら、静かに紅茶を飲んでいます。その横顔は、事件を解決したという高揚感よりも、深い思索に沈んでいるように見えました。
「…よかったの? 愛瑠来さん」
私がそう尋ねると、彼はゆっくりとこちらに振り向きました。
「何がです?」
「だって、結局、誰も幸せになってないみたいで…」
私の言葉に、愛瑠来さんはふっと、寂しそうに微笑んだ。
「ええ。人の心は、美しいものばかりではない。嫉妬、憎悪、自己顕示欲…それらが混じり合って、万華鏡のように、時に歪んだ模様を描き出す。私の仕事は、その模様を解き明かすこと。その先に、必ずしもハッピーエンドが待っているわけではないのです。…ええ、いつだって、少しだけ、後味が悪い」
それは、人の心を覗き込みすぎる彼だからこそ抱える、静かな哀しみでした。
事件の翌日。昼休みの中庭で、私たちは珍しく4人でテーブルを囲んでいました。根露くんが、写楽くんに野外でのチェスを挑んだからでしたが。
「君の勝ちだ、愛瑠来君。今回は、君の専門分野だったようだな」
写楽くんは、チェス盤から目を離さずに言いました。それが彼なりの賛辞です、
愛瑠来さんが
「ありがとうございます」
と微笑んだ、その時でした。
彼の視線が、ふと、中庭の向こうにある渡り廊下に注がれ、そこに、一人の女子生徒が佇んでいるのを捉えました。
露佐古白蛇(ろさこ、はくしゃ)さん。
彼女は、誰と話すでもなく、ただ、じっと、こちらを見つめています。
やがて、私たちの視線に気づくと、彼女は唇の端を吊り上げ、挑戦的で、そして妖艶な笑みを、愛瑠来にだけ向けてみせました。
華娘さんとは違う妖艶さで、素敵でした。
そして、音もなく去ってしまいました…。
「…どうした、愛瑠来?」
写楽くんが訝しむも、愛瑠来さんはその視線を追いながら、楽しそうに目を細めました。
「いえ。どうやら、次のゲームへの、美しい招待状が届いたようです」
その日の放課後。執有瑠高校のどこかにある、彼らだけの「聖域」。
華娘萌莉亜(げむす、もりあ)は、今回の「ラブレター事件」の顛末が書かれた報告書を読んでいた。
「愛瑠来保亜呂…人の心を読むのは得意のようね。けれど、それだけでは、チェスは勝てないわ」
彼女はそう言うと、部屋の奥、ソファに巨大な影のように座る男に声をかけた。
亜乃留絶久留(あのる、ぜっくる)だ。
「聞いたでしょう、絶久留。彼らの手口を。心やトリックは、いつか必ず暴かれる。…でも、『力』は違う」
華娘は、立ち上がると、窓の外を見下ろした。
「次は、あなたの番よ。彼らに、本当の『恐怖』を教えてあげなさい。小手先の知恵では決して届かない、絶対的な『力』というものが、この世にはあるのだと」
その言葉に、それまで沈黙を保っていた巨大な影が、ゆっくりと、そして確かに頷いた。
【第三章:偽りの恋文 - 了】