第三章:偽りの恋文(ラブレター) ー #1
旧視聴覚室のドアが、いつものように威勢よく開かれました。
彼にはいつも、驚かされますね。
「ちわーっす! またまたヤバいネタ、仕入れてきましたぜ、旦那方!」
情報屋の越妖紫門(おちょう、しもん)くんが、今回はどこか楽しげで、それでいて興奮を隠せない表情で駆け込んできました。
「例の『ラブレター事件』、知ってるだろ? 最初はロマンチックな噂だと思ったけど、どうも様子がおかしいらしいんだ。あの手紙のせいで、あちこちでカップルが崩壊、親友同士が絶交寸前だ。もはや、ただの噂じゃねえよ、これ。リアルな『事件』になってるぜ!」
紫門くんの報告に、写楽法夢(しゃらく、ほうむ)は
「自業自得だな」
と興味なさげに呟くし、根露得不(ねろ、うるふ)くんはページをめくる音で返事をします。
しかし、愛瑠来保亜呂(えるき、ぽあろ)さんだけは、静かにティーカップを置くと、紫門くんに穏やかな、しかし鋭い質問を投げかけたのです。
「越妖君。その手紙は、どんな生徒たちの間に、特に混乱を巻き起こしていますか? 例えば、特に目立つ、皆が羨むようなカップルとか…」
「え? あー…言われてみれば、そうかも。文化祭の実行委員で有名だった先輩カップルとか、一年で一番の美男美女カップルとか…」
「なるほど…」
愛瑠来さんは、それだけ聞くと、静かに目を伏せました。そして、まるでそこに犯人がいるかのように、ゆっくりと語り始めたのです。これが、彼の捜査の第一歩、犯人像のプロファイリングなのです。
「ふむ…。犯人は、ただ恋文を書くことを楽しんでいるわけではない。人が羨むような、輝かしい人間関係が『壊れる』様を、安全な場所から眺めて、楽しんでいる…。なんと、独善的で、そして幼稚な精神でしょう。手紙の美しい文面とは裏腹に、その心情は、誰にも認められない自分への苛立ちと、輝かしい者たちへの醜い嫉嫉で満ちている。これは恋文の形を借りた、ただの『暴力』です」
彼は、ゆっくりと顔を上げました。その瞳には、普段の柔和な光ではなく、人の心を踏みにじる者への、静かな怒りの炎が宿っているのが分かります。
「…許せませんね。このような卑劣な犯罪、決して見過ごすわけにはいきません」