第二章:誰も弾かないソナタ ー #5
「これで、謎はすべて解けましたよ」
愛瑠来保亜呂(えるき、ぽあろ)さんは、そう静かに告げると、私を促して旧視聴覚室へと戻りました。
ドアを開けると、写楽法夢(しゃらく、ほうむ)くんが「遅かったな」と、こちらを一瞥します。根露得不(ねろ、うるふ)くんは、相変わらず本の世界に没頭したままでした。
愛瑠来さんは、まるでこれから紅茶でも淹れるかのような、落ち着き払った様子で切り出します。
「写楽君、そして根露君。聞いていただけますか。私の灰色の脳細胞が導き出した、この事件の、あまりにも悲しい真相を」
彼は、まず保健室の来室記録簿から判明した事実を述べました。
「例の『呪い』にかかった生徒は全員、合唱部のメンバーでした。そして、合唱部は今、コンクールを間近に控え、猛練習の毎日を送っています」
その言葉に、写楽くんが初めて眉をひそめました。
「合唱部…だと? それが、ピアノの音と何の関係がある?」
「大ありですよ」
と愛瑠来さんは微笑む。
「彼らは、コンクールで勝つために、ある『禁じ手』を使ったのです。…さて、根露君。あなたならもう、お分かりでしょう?」
愛瑠来さんに話を振られても、根露くんは本から顔を上げません。
ただ、ページをめくる指が、ぴたりと止まったのです。
やがて、彼は、まるで世界の真理でも語るかのように、静かに、そして重々しく宣うのです。
「…なるほどな。犯人は、『音』で人を呪ったのではない。『音』で人を、眠らせたのか」
その一言に、部屋の空気が凍りつきます。
写楽くんが、はっとしたように目を見開いきました。
「…眠らせた? そうか、そういうことか…! 『月光ソナタ』の単調で美しい旋律、そして…!」
根露くんは、再び本に視線を落とします。
「合唱部にとって、最大の敵は何か。それは、練習のしすぎによる『喉の酷使』だ。だが、声を出さずに音程やリズムを完璧に叩き込む方法が一つだけある。…まあ、あとは私の口から言うまでもないだろう。退屈な謎解きだったな」
玉座の主は、そう言って、完全に興味を失ってしまいました。
しかし、彼の託宣によって、全てのピースは完璧にはまったのです。
愛瑠来さんは、満足そうに頷くと、私に向き直りました。
「さあ、行きましょう、さらんさん。最後の答え合わせです。すべての悲劇が始まった、あの場所へ」
今度こそ、全ての謎を白日の下に晒すために。
私たちは、事件の舞台である音楽室へと、向かうのでした。




