第二章:誰も弾かないソナタ ー #3
愛瑠来保亜呂(えるき、ぽあろ)さんに導かれ、私が向かったのは、一年生の教室でした。
彼が話を聞きたいという「呪いにかかった生徒」は、一年生の女子生徒らしいのです。教室を覗くと、数人のグループの中心で、一人の小柄な女子生徒が、身振り手振りを交えながら何やら熱弁をふるっているのが見えました。
「彼女ですよ」
と愛瑠来さんは微笑む。
彼が声をかけると、その女子生徒――山田さん(仮)としましょう――は、有名な上級生である愛瑠来さんの登場に、一瞬で顔を輝かせた。
「愛瑠来先輩! 私、見ちゃったんです! 聞いてください!」
山田さん(仮)は、私たちが話を聞きに来た目的を察すると、待ってましたとばかりに語り始めたのです。彼女は、少し大げさに話すのが好きなタイプのようですね。
「先週の木曜日の夜、私、忘れ物をしちゃって、一人で教室に戻ったんです。そしたら、どこからか、あの…『月光』が聞こえてきて…。すごく悲しい音色で、怖くなって、急いで廊下を走ったんです。その時、ちらっと音楽室の方を見たら…いたんです!」
「いた、とは?」
愛瑠来さんが穏やかに相槌をうってます。
「白い人影です! ピアノの前に、すーっと立っているのが見えて…! きっと、昔この学校で亡くなった音楽の先生の霊なんですよ! だから、次の日、熱が出たんです! これは絶対、呪いです!」
彼女は、自分の体験談に自分で興奮しているようでした。
一通り話を聞き終えた愛瑠来さんは、怯えるでもなく、馬鹿にするでもなく、ただ真摯な表情で頷いていました。
「なるほど…。それは、さぞ怖かったことでしょう。教えてくださって、ありがとうございます。もう大丈夫ですよ」
彼は、まるで名医が患者を安心させるかのように、優しく山田さん(仮)の肩に触れました。それだけで、彼女の興奮はすっと収まっていくように見えます。
教室を後にし、廊下を歩きながら、私は愛瑠来さんに尋ねます。
「愛瑠来さん、今の話、どう思う? やっぱり、ただの思い込みなのかな…」
すると、愛瑠来さんは立ち止まり、美しい顔に、少しだけ悲しげな、そして確信に満ちた笑みを浮かべました。
「ええ、彼女が見たという『白い人影』は、恐怖心が生み出した幻でしょう。ですが、重要なのはそこではありません。彼女は、嘘はついていません。…少なくとも、**『ピアノの音が聞こえた』そして『次の日に体調を崩した』**という二つの点においては、ね」
彼は、何かを確信したようでした。
「さらんさん、行きましょう。次の場所へ。…今度は、少しだけ、悲しい真実と向き合うことになるかもしれません」