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世界を巡る~男子禁制~

 宇宙人の謎めいた儀式を後にし、私は次なる世界への扉を静かに開いた。

 しかしながら、今回は心中に躊躇の念が募っていた。

 理由は明白。

 たどり着いた先は――女子トイレだったからだ!


 とはいえ、この場にいつまでも留まっていては、またぞろ前回のように面倒な騒擾(そうじょう)を引き起こしかねない。

 覚悟を定めた私は、深く一息を吐いてから、そっと扉を押しやった。慎重のうちにも、視線を巡らせ、周囲の様子をうかがう。


 視界にまず(えい)じたのは、手洗い場で手を清める、一人の少女の後ろ姿だった。

 その容貌は、地球人と寸分たがわぬように見受けられたが、身にまとう衣は、桃色の袴を想起させる柔らかな織物であり、この世界の女学生に相当する存在と推察された。



 少女は、私の存在に気づいたとたん、眼差しを大きく見開き、声を張り上げた。


「だ、誰? あなた何者ッ!? だ、誰か~、来て~! 変な人がいる~!!」


 あまりにも喧しきその叫びに、私は思わず嘆息を漏らしたが、無理もないことだ。  

 不審な人物が、突如としてトイレから姿を現せば、驚くなという方が酷というものだろう。


 少女の悲鳴に呼応するかのように、やがて七、八名ほどの女性たちが集まり、口々に騒ぎ始めた。その群れのなかから、一歩、前へと進み出た者がいた。

 彼女は細身の体躯に凛とした気配を宿した少女で、その立ち居振る舞いには、群を抜く威厳と冷静さがあった。



「見かけない顔ね? どこのエリアの子なの? トイレで一体、何をしているの?」

「おや、その際立つ声は、以前トイレの扉をこじ開けようとした女か?」

「以前、こじ開け……もしかして、トイレに籠ってたのって?」

「ああ、私だ。以前は騒がせて済まない。今日は君たちが欲しているものを持ってきた」


「私たちが欲しているもの?」

「おそらくだが、君たちの世界には男がいないのだろう」

「世界? 何を言っているの?」

「そうか、まずはそこからか……私は異世界から来た男だ」


「はっ、何を言うかと思えば、異世界? しかも男って……男はとっくの昔に滅んでしまったっていうのに」


「信じないと? ならば、証明しよう」

「どうやって?」

「こっちへ来い。証拠を見せる」



 私は彼女を手招きしながら、静かにベルトに手をかけ、ズボンと下着を緩めた。


「見ろ、男たる象徴だ!」

「え、え、え? ええ~っ!? ナニコレ? へ、変なのがぶら下がっている!?」


 彼女の目に宿したのは、まさに男子としての誇り――その形状は、決して人目に晒すべきものではないにせよ、この場では致し方なかった。

 彼女はその異形の器官に対し、驚愕と共に、いくらか畏敬にも似た眼差しを向けた。


 その様子に、別の少女が慌てて駆け寄り、問いかける。


「どうしたんです、お姉さま? 何を見たんです?」

「わ、わからない。なにか、みょんって大きくて、くてんって感じのものが股間から生えているの!」



 私は、その混乱を正すべく、腰をわずかに浮かせ、さらなる証を提示した。

「ふんっ、これが男である証だ!」

「これが、男の人……ごくりっ」


 彼女は息を詰まらせながら、熱っぽい眼差しでじっと見つめ続けた。

 やがて、何かに気づいたように首を傾げる。


 私は服を整えつつ、静かに尋ねた。


「どうした、何か思うことでも?」

「いえ、あの、データベースに残る男の人の……アレとは形が違うから……」

「ははぁ、なるほど。それは勃起状態だな。主に性的興奮状態であると、男のあそこは大きく変化する」


「な、なるほど、勉強になります。あの、後学のため、もう一度見ても?」


「悪いが、本来そうそう人前に見せるものではない。そんなことよりも、本題に入りたいのだが?」


「そうですか、残念です。それで、本題とは?」

「この世界から去る間際に、君たちの会話を耳にした。そこから推測するに、女性だけの世界……つまり、繁殖できずに困っている」


「ええ、そのとおりです。ある日を境に男が産まれなくなりました。原因はなんであるかわからず、今も調べている最中です。現在はクローン技術により社会を維持してますが、遺伝劣化が限界点を超えていて、種の存続もままならなくなっています」


「そうか。となると、やはりこれが役に立つな」


 私は懐から白衣の女性より託された小型のクーラーボックスを取り出し、静かにその蓋を開いた。

 そこには、ひときわ輝きを纏うガラスの筒が収められており、横には説明書が添えられていた。


「このガラスの筒に入っているのは、性を反転させる薬だ。そして、この本は説明書」


「性の反転!?」


 彼女は驚きに満ちた面持ちで説明書を受け取り、頁を繰るごとに深まる感嘆を隠しきれぬようだった。


「不思議。見たこともない文字なのに、自然と頭に入ってくる。この技術もすごいけど、説明書の中身も驚きに満ちているわね」


「どうだ、君たちに必要なものだと思うが?」


「ええ。説明書を見る限り、私たちの技術でも製造可能。この薬があれば種のバトンを繋げられる。その間に、男が産まれなくなった原因と解決方法も見つけられるかもしれない」


「だが、その薬には重大な副作用がある」

「使いすぎると性の境界があいまいになる点ですね」

「ああ」


「その点なら問題ありません。志願者を募って、覚悟をもって男として生まれ変わってもらいます」


「そのような志願者が集まるのか?」


「種の危機ですからね。志願者は必ずいます。とはいえ、知らぬ性への変化には恐れを抱くでしょう。ですから、まずはこのエリアの代表である私が薬を使用して、新たな道を示します」



 その言葉を告げるや否や、彼女はボックスから薬を取り出し、ためらうことなく自らの首筋へと針を突き立てた。


「おい、いきなりすぎるだろ!」


「ふふ、世界を跨いで私たちを救おうとする人が用意してくれたものです。だから、しん、よう……うくっ、あああああああああっ!」


 彼女の身体が、音を立てて膨張し、皮膚の下から隆起する筋肉が衣服を押し裂いてゆく。


「なんて早まった真似を! 信用してくれたのは嬉しいが、その姿では!」

「ああああああ~っ!」



 トイレの静謐を破り、バリバリという破砕音が木霊する。

 やがて彼女の衣服は完全に裂け、その身体は女性のものとは似ても似つかぬ、屈強な男性の姿へと変貌を遂げた。


「うぉぉぉぉっ! はぁはぁ、こ、この力! これが男の力か。ふふ、ふふふ、体の底からパワーが漲ってくるぞ! 今なら、空も飛べる!!」


「万能感に浸っているところ悪いが、男の力を過剰に評価するな。しかし、随分と逞しくなったな」


 かつての彼女――今や彼となったリーダーは、格闘家さながらの筋骨隆々たる肉体を誇っていた。

 私は一瞬、周囲の少女たちが恐怖に怯えるのではと案じたが――


「お姉さまが……ああ、お胸の筋肉がビクンビクンって……素敵……」


 その心配は杞憂に終わったようだ。

 彼女たちの趣味嗜好にまで干渉するつもりはない。

 ならば――私は、また次の世界へと旅立つとしよう。

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