表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

屋上の光

屋上へ続く鉄扉は、チェーンと南京錠で封鎖されていた。

外側から。つまり――誰かが、生きていた。


誠は腰のポーチから工具を取り出し、無言で錠前を破壊した。

ガチャリ、と外れた錠の音が、静かな病棟に小さく響く。


「構えとけ、敵か味方か、まだわからん」


玲奈はパイプを握りしめ、こくりとうなずく。

誠が扉を押し開けると、夕日が一気に視界を満たした。空は茜色に染まり、風が血と鉄の匂いを吹き飛ばす。


その中央に、人影が二つあった。


一人は中年の男性。迷彩服に古い自衛隊のベスト。

もう一人は、少女。まだ十代だろう。膝を抱えて座り込んでいた。


誠が数歩踏み出すと、男がライフルを構えた。


「止まれ!近づくな!」


「待て、敵じゃない。俺も陸の人間だ」


「証拠はあるのか」


誠はゆっくりとポケットから、退役時に返却せず保管していたIDカードを取り出した。

そこに専門部隊の文字はない。ただの“陸上自衛官”――それで十分だった。


男は少し表情を緩めた。


「……随分と遅かったな。増援でも来たのかと思ったが、まさか元自衛官がひとりで来るとは」


「補給と捜索。安全圏に戻る途中だ。この子は?」

「避難してきた患者のひとりだ。親は……もういない」


少女は顔を上げない。ただ風に髪がなびく。


「脱出手段は?」

「ヘリがあると聞いていたが、駐屯地は沈黙。非常用無線も通じない。」


誠は無言で周囲を見渡した。屋上は高い位置にあるが、ゾンビの群れが近づいているのが見える。数は増えていた。


「このまま夜になれば、脱出は困難だ。連れていく」


「俺は残る」


「なぜだ」


「娘がこの病院にいた。まだ……どこかに」


誠は一瞬、遥の顔を思い出した。

同じだ。探し、待ち、願っている。だが――それで命を落とす者を、何人も見てきた。


「見つからなければ、あんたも“還らない”ぞ」


「それでもいい。俺はここで、終える覚悟だ」


誠は何も言わず、少女に手を差し出した。少女は迷った末に、その手を取った。

玲奈が寄り添うように隣に立つ。


「名は?」


「美月です……彼の名は、渡辺隊長」


「わかった。あんたの覚悟は無駄にしない」


日が沈む前に、誠たちは病院を後にした。

少女の瞳には涙が残っていたが、声は出さなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ