屋上の光
屋上へ続く鉄扉は、チェーンと南京錠で封鎖されていた。
外側から。つまり――誰かが、生きていた。
誠は腰のポーチから工具を取り出し、無言で錠前を破壊した。
ガチャリ、と外れた錠の音が、静かな病棟に小さく響く。
「構えとけ、敵か味方か、まだわからん」
玲奈はパイプを握りしめ、こくりとうなずく。
誠が扉を押し開けると、夕日が一気に視界を満たした。空は茜色に染まり、風が血と鉄の匂いを吹き飛ばす。
その中央に、人影が二つあった。
一人は中年の男性。迷彩服に古い自衛隊のベスト。
もう一人は、少女。まだ十代だろう。膝を抱えて座り込んでいた。
誠が数歩踏み出すと、男がライフルを構えた。
「止まれ!近づくな!」
「待て、敵じゃない。俺も陸の人間だ」
「証拠はあるのか」
誠はゆっくりとポケットから、退役時に返却せず保管していたIDカードを取り出した。
そこに専門部隊の文字はない。ただの“陸上自衛官”――それで十分だった。
男は少し表情を緩めた。
「……随分と遅かったな。増援でも来たのかと思ったが、まさか元自衛官がひとりで来るとは」
「補給と捜索。安全圏に戻る途中だ。この子は?」
「避難してきた患者のひとりだ。親は……もういない」
少女は顔を上げない。ただ風に髪がなびく。
「脱出手段は?」
「ヘリがあると聞いていたが、駐屯地は沈黙。非常用無線も通じない。」
誠は無言で周囲を見渡した。屋上は高い位置にあるが、ゾンビの群れが近づいているのが見える。数は増えていた。
「このまま夜になれば、脱出は困難だ。連れていく」
「俺は残る」
「なぜだ」
「娘がこの病院にいた。まだ……どこかに」
誠は一瞬、遥の顔を思い出した。
同じだ。探し、待ち、願っている。だが――それで命を落とす者を、何人も見てきた。
「見つからなければ、あんたも“還らない”ぞ」
「それでもいい。俺はここで、終える覚悟だ」
誠は何も言わず、少女に手を差し出した。少女は迷った末に、その手を取った。
玲奈が寄り添うように隣に立つ。
「名は?」
「美月です……彼の名は、渡辺隊長」
「わかった。あんたの覚悟は無駄にしない」
日が沈む前に、誠たちは病院を後にした。
少女の瞳には涙が残っていたが、声は出さなかった。