封鎖された病院
市立病院の建物は、夕闇に沈みつつあった。
かつて白かった外壁は血に染まり、入り口の自動ドアは破壊されている。中に何が待っているか、想像するのも難しい。
誠は手早く双眼鏡で周囲を確認した。正面玄関には十体以上のゾンビ。裏手に回る必要がある。
「裏口、非常階段から屋上を狙う。ついてこい」
玲奈は無言でうなずいた。言葉よりも足が、行動が、彼女の覚悟を示している。
誠は路地を抜けて、病院裏の職員通用口に向かう。
鍵は――壊されていた。
「運がいいのか、悪いのか……」
中に入った瞬間、腐臭が鼻を刺す。ガスマスク越しでもわかるほどだった。
床には足跡と、曳きずられた血痕。何人もがここで死に、何かに引きずられた。
「慎重になれ。声も出すな」
「はい……」
手持ちのライトを最小限に絞り、誠は階段をゆっくり上る。
非常階段は静かだった。が、三階でわずかに音がした。
「……カチャ、カチャ……」
誠は手を上げて玲奈に止まるよう合図し、壁際に身を寄せる。
音は病室から。何かが点滴スタンドを引きずるような、金属のこすれる音。
「患者……じゃないな」
ガスマスク越しの声は低く、冷静だ。
誠は病室の扉を静かに開け、銃を構えながら中をのぞいた。
そこには、車椅子に座ったまま、動かぬゾンビがいた。
頭を銃で撃たれたようで、脳幹が破壊されている。
だが、その前に立つひとりの男が、振り向いた。
「……おい」
その男は医師の白衣をまとっていた。だが、手は血に染まり、何より目に光がない。
「生きてるのか?」
反応はない――次の瞬間、男は叫びながら突進してきた。
「ウアアアアアッ!!」
「感染者じゃない…!」
誠は咄嗟に男の脚を撃った。男は倒れこみ、呻きながらもなお這って近づこうとする。
玲奈が顔を背け、嗚咽を抑えた。
「くそっ、病院内でもこうか……感染してなくても、もう壊れてる」
誠は男の意識を確認せず、その場を離れた。
病院は、もはや安全な場所ではない。だが目的はある。武器の補充、医療品の確保。そして――遥の手がかり。
「あと三階、屋上に上がる。そこに生存者がいれば、情報が得られるかもしれん」
玲奈は黙ってついてきた。
暗くなっていく病院の中で、ふたりは音を立てずに進む。