名も知らぬ同行者
「歩けるか」
「うん……大丈夫、たぶん」
小柄な彼女は、震える足で誠の後ろをついてくる。
血まみれの看護師服。右腕に包帯。おそらく噛まれてはいない。だが感染リスクはゼロではない。
誠は一定の距離を保ちつつ歩を進めた。
「名前は」
「……橘。橘玲奈」
「市立病院の人間か」
「うん。日勤だった。急に患者が暴れだして……逃げたけど……」
言葉は途切れがちだが、嘘はなさそうだった。
玲奈が背負うバッグは空。装備もなし。完全に保護対象だ。
感染の兆候があれば見捨てることになる――それを知った上で、誠は無言で歩いた。
道すがら、倒れた車や破壊された店舗が目立ち始めた。
病院が近い証だ。ゾンビが集中しやすい場所でもある。
「休むな、声を出すな。前だけ見てろ」
「……わかった」
そのとき、突然、建物の陰から呻き声が響いた。
ゾンビ三体。うち一体は倒れた自転車に絡まり動きが鈍い。残る二体は真っ直ぐ誠たちを見ていた。
「下がれ」
誠は即座に鉄パイプを構える。銃を使えば周囲を呼ぶ。
玲奈を背にかばい、一体目の頭部を一撃で粉砕。
残る一体が背後から襲いかかる――
ドン!
玲奈が拾った鉄パイプでゾンビの足を叩いた。わずかに動きが止まり、誠が仕留める。
「……使えるのか?」
「ごめん、咄嗟で。うまくいくとは……」
「助かった」
わずかに表情を緩め、誠はうなずいた。
玲奈もまた、生き延びようとしていた。
市立病院の建物が、ようやく視界に入った。
しかし、入口付近には異常なほどのゾンビの群れ。最低でも十体以上。
無策で突っ込めば、ガスマスクすら意味をなさない。
「入る前に、策が要る。裏口か、屋上……」
誠は一度立ち止まり、周囲を確認する。
この病院で、彼は遥と再会できるのか。
あるいは――彼女が、すでに還らぬ者になっているのか。