夜の街を抜けて
佐伯誠は、夕暮れに染まる街を歩いていた。
市街地の道は静まり返っている。かつて日常を彩った自動販売機や自転車、コンビニの看板すら、今は廃墟の装飾に過ぎなかった。
鉄パイプを片手に、慎重に足音を殺しながら進む。
通りの向こうで、人影――いや、ゾンビがゆらゆらと歩いていた。
数は三体。まとまって歩いているが、まだこちらには気づいていない。
「群れてるか……」
誠は道を逸れ、裏通りへ。
かつて通ったコンビニの裏口を抜け、住宅街の細道を選んで市立病院を目指す。
この時間帯、視界は悪くなり始めている。危険は増すが、相手も同じ条件だ。
曲がり角の手前で足を止めた。
金属音。何かが倒れる音。そして、助けを求める声――女の声だ。
「たすけて……!誰か!」
心が動く。
だが、罠の可能性もある。既にゾンビに囲まれている可能性もある。
誠は呼吸を整え、ガスマスク越しに周囲をうかがった。
声のする家は、半壊しているが二階建て。
一階の窓は破られ、血痕が点々と続いている。
だがその奥から、再び声がした。
「お願い……!」
誠は鉄パイプを背に回し、ハンドガンを抜いた。
消音装置を取り付け、足音を消して室内に入る。
腐臭と血のにおいが混ざり合う。すでに一戦交えた形跡。
「動くな。敵か?」
低い声で問いかける。
奥から、ボロボロの女性が顔を出した。
看護師の制服。血に濡れてはいたが、顔色はまだ生きていた。
「た、たすけて……もう、いや……」
彼女の背後には、扉を押さえているゾンビの腕。
今にも突破されそうだ。
「下がれ」
誠は狙いを定め、ドア越しに一発。
乾いた音とともにゾンビの腕が崩れ落ちる。
すかさず彼女を引き寄せ、玄関まで連れていく。
「ついてこい。しゃべるな。泣くな。生きたいなら従え」
彼女はこくりと頷き、震えながらついてきた。
病院へ向かう道のりに、新たな重荷が加わった。
だが、それが誠にとって「仲間」になるかどうかは、まだわからない。