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第9話 王立魔導学院

 ノウマン侯爵家別邸。サラ様が滞在している家だ。


 私は緊張しながら馬車から降りていく。


 なるだけ地味なドレスを選んだ。目立っちゃいけない。


 不安な心を押し殺してノウマン侯爵家の侍女に案内されていく。


 お茶会の会場――夏の花が咲き誇る庭では、サラ様と数人の貴族令嬢が私を待ち構えていた。


 サラ様が笑顔で告げる。


「ようこそいらっしゃいました。

 どうぞ、おかけになって?」


 席は丁寧にサラ様の真正面。


 私はおずおずと席に座り、微笑(ほほえ)みの仮面を張り付けてサラ様に告げる。


「本日はお招きに預かり、ありがとうございます」


 サラ様も微笑(ほほえ)みのまま答える――目は笑ってないけどね!


「いえ、とんでもありませんわ。

 今日はステファン殿下をお呼びしておりませんの。

 貴女(あなた)には残念だったかしら?」


 周囲の貴族令嬢たちがクスクスと小さく笑みをこぼした。


 ――やっぱり断罪(そういうこと)かー!


「サラ様、何か勘違いをなさっておりませんか?

 殿下と出かけていたのは事実。

 ですが常にベルンハルト様もご一緒なさってましたわよ?

 友人同士の、気軽な交友ですわ」


「あらそうなの?

 殿下ったら私の誘いは断る癖に、メルフィナ様だけはお誘いになるらしいの。

 これでは一体、誰が婚約者なのかわかりませんわね」


 殺気すら感じる眼差(まなざ)しを受け止めながら、私は答える。


「殿下は今、命を狙われている身です。

 サラ様を同伴すると、貴女(あなた)の身も危なくなってしまいます。

 ステファン殿下はいつも、それを悔やんでおいででしたわ」


「……それは本当に?」


「ええ、本当でしてよ?」


 ――なんてね?! (あと)で口裏を合わせておかないと!


 いや、『ハインツ』ならこのくらい、機転を利かせて答えてくれる謎の信頼感があった。


 ステファンもきっと大丈夫。


 殺気が収まったサラ様が繰り出す惚気(のろけ)話を、私は小一時間ほど聞かされる羽目になった。





****


 よろよろとシュバイク侯爵家別邸の玄関をくぐると、クラウスが出迎えてくれた。


「大丈夫ですか、メルフィナ様」


 私は精一杯の微笑(ほほえ)みを浮かべて答える。


「うん、だいじょーぶ。ちょっと疲れただけだから」


 クラウスが苦笑を浮かべて答える。


「サラ様は思い込むと激しいお方です。

 その悪癖さえなければ、立派なご令嬢なのですが」


「……なんか、クラウス詳しそうだね」


 私が見つめると、クラウスがスッと視線を外した。


「いえ、なんでもありません。

 出過ぎた口を出しました」


 ん~? なんか怪しいなぁ。


 まじまじとクラウスの顔を見てると、ふと既視感に襲われた。


「……あれ? クラウスって誰かに似てる? 誰だろう?」


 クラウスと誰かの面影が重なる。


 前世……じゃない。今世で知っている誰か。でも誰だろう?


 私が眉をひそめて見つめていると、クラウスがこちらを見て困ったように微笑(ほほえ)んだ。


「それならきっとベルンハルトではありませんか」


「――あっ! そうだベルンハルト!

 でも、なんで似てるの?」


 クラウスが丁寧に立ちなおし、私に軽く会釈をした。


「私はクラウス・トビアス・グリムロイター。

 ――つまり、ベルンハルトの兄です。

 家を出ていますので、ミュラーを名乗っておりません」


「……それって、騎士の家を継がなかったってこと?」


「そうなります。

 私に騎士は務まりません。

 ですのでこうして、従僕として生きております」


 そっか、ベルンハルトのお兄さんなのか。


 カタリナが背後から私に告げる。


「メルフィナお嬢様、そろそろお召替えを。

 夕食の時間が近づいてますよ」


「あ、はーい」


 私はカタリナと一緒に、二階の私室へと向かった。





****


 夕食後、シュバイクおじさまの書斎を(たず)ねてみた。


 クラウスは……周りに居ないね。


「ねぇおじさま、クラウスってどんな人なの?」


 おじさまが本から目を上げて微笑(ほほえ)んだ。


「とても優秀な男だよ。私の懐刀と言ってもいい。

 前はノウマン侯爵家に仕えていたんだが、新しい奉公先を探していると聞いてね。

 誘ってみたら、我が家に来てくれたんだ」


「本人は『騎士は務まらない』って言ってたけど、力が弱いの?」


 おじさまが笑いながら答える。


「そんなことはないさ。

 あの男にできないことはないよ。

 魔力は低いが、何でも(そつ)なくこなす男だ」


 なるほど、元はノウマン侯爵家の人間だったから、サラ様の性格を知ってたのか。


 私は小首を(かし)げて(たず)ねる。


「なんでそんな人が、おじさまのところに来たんだろうね?」


「あれは三年前だったかな。

 きっとノウマン侯爵家に思うところがあったのだろう。

 それがどういうものかは、聞かぬが花だろうがね」


 そういうものか。


 待遇が悪いとか、トラブルがあったとか、確かに他家の醜聞は好き好んで聞くものじゃない。


 私はおじさまにお礼を述べると、書斎を辞去した。





****


 各地が収穫で忙しい八月を終え、九月になった――そう、入学式だ。


 真新しい白い制服に袖を通していく。


 ワンピースの裾を掴んで軽く揺すってみる。


 ……うん、動きづらいわけじゃない。大丈夫。


 これならいざというときでも、ステファンをちゃんと守れる。


 カタリナが私の髪を整え終わってから告げる。


「メルフィナお嬢様、終わりました」


「うん、ありがとうカタリナ」


 私はもう一度だけ姿見の前でくるりと回り、自分の姿を確認する。


 ……ちゃんと可愛いかな?


 カタリナがクスリと笑みをこぼしたのを聞いて、少し恥ずかしくなって部屋を出た。





****


 朝の食卓で、シュバイクおじさまが私に告げる。


「よく似合ってるね、メルフィナ」


 私は微笑(ほほえ)んで答える。


「ありがとう、おじさま!」


「今日は式典と顔合わせだけで終わるはずだが、すぐに帰ってくるのかな?」


 フッと脳裏にステファンの顔がよぎった。


「……うーん、なんとなく殿下に『どこかに行こう!』って言われそうな気がするかな」


 おじさまが楽しげに笑い声をあげた。


「まぁ、遅くならないようにね」


「はーい」


 朝食を手早く済ませると、おじさまに挨拶を告げて私は魔導学院に向かった。





****


 馬車の窓から、遠くに魔導学院が見えてくる。


 今日までろくに社交ができなかった。


 自分からお茶会や夜会を開く気にはなれない。


 かといって、招待状もサラ様の一通だけだった。


 ……たぶん、『ステファンと仲良くしてる』と思われてるからだろうなぁ。


 婚約者のいるステファンと親密になる女子……私でも敬遠する相手だ。


 こんなんで友達とか、作れるのかなぁ~?!


不安にある私を、カタリナがクスリと笑った。


「メルフィナお嬢様、そんなに不安になる必要はございません。

 お嬢様はジルケ公爵家が誇る公爵令嬢。

 もっと自信をお持ちください」


「う……はーい」


 そうだよねぇ。私だってそう在るべきだって生きて来たんだし。


 ここで怖気(おじけ)づいてどうすんだって話だ!


 私は気合を入れなおすと、停車した馬車から魔導学院の敷地へと足を下ろした。





****


 校舎の玄関を抜け、事前に通知のあったクラスへと向かう。


 私は一年の一組。どうやら成績上位者らしい。


 教室内には生徒たちがちらほらいて、既に顔見知りと雑談をしているようだった。


「おはようございます、みなさま」


 挨拶を告げてから中に入る。


 教壇(きょうだん)の上にある座席表で自分の名前を探す。


 そしてその席の近くにステファンの名前があることを目が見つけてしまった。


 ――一緒のクラス?!


 嬉しい反面、不安も湧いて出る。


 サラ様の名前を探す――ないか。ベルンハルトも同じクラスらしい。


 小さく息をついて自分の席に向かう。


 鞄を机のフックに引っ掛け、ステファンの席を見る。


 まだ来てないんだな。まだ来ないのかな。


 そわそわしだした私の耳に、明朗な声が届く。


「おはよう、諸君!」


 その忘れられない声に、私は思わず振り向いた。


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