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天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~  作者: みつまめ つぼみ
第5章 私の選択

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第33話 悔恨

 ステファンがきょとんとした顔でケーニヒに(たず)ねる。


「指輪に話しかけるだけじゃないのか?」


「それはメルフィナに渡す指輪の機能だ。

 こちらが()める指輪は、別の使い方をする。

 それを悟らせるな」


 ステファンが眉をひそめて(たず)ねる。


「なぜだ? 何か困ることでもあるのか?」


「――(うなず)けないなら指輪は渡さん」


 ケーニヒがその場から離れ、部屋から出ようとするのをステファンが肩を掴んで止めた。


「分かった! 分かったから!

 ――約束する」


 ステファンは必死だった。


 この魔道具のビハインドがあったら、メルフィナを手に入れることなどできない。


 ケーニヒがステファンの心を読んでニヤリと不敵な笑みを作る。


「いいだろう――口で説明するより、体験するのが一番だ。

 まずは思い知ってもらおう」


 ――変な言い方をするんだな。


 ケーニヒはまず、メルフィナ用の指輪を自分の指に()めた。


 伸縮自在の指輪は、ケーニヒの小指にもぴったりと収まった。


 ケーニヒがステファンに命じる。


「貴様も自分用の指輪を小指に()めろ」


 ステファンが指輪を()めるのを見届けたケーニヒが(うなず)いた。


「では会話を開始するぞ? 歯を食いしばっておけ」


 ――どういう意味だ?


 きょとんとした顔のステファンを見つめながら、ケーニヒがゆっくりと指輪を口元に近づけていく。


「――聞こえるか?」


 その瞬間、ステファンの全身に耐えがたい激痛が走った。


 全神経を金属のやすりで丁寧に()り下ろされるような、灼熱の激痛だ。


 ステファンはみっともなく悲鳴を上げ、床を転げまわりのたうち回っていた。


「――聞こえるか、と言っている。返事はどうした?」


 ケーニヒが指輪に話しかけるたびに、ステファンの体が痛みで大きく弾ける。


 そして絶え間なく襲い来る激痛で再び床を転げまわるのだ。


 彼の指輪からもケーニヒの声が聞こえていた。


 それをステファンは認識してもいた。


 だが、返答する余裕など持てなかった。


 ケーニヒがため息をつき、口元から指輪を離した。


 その瞬間、ステファンを襲っていた痛みが綺麗に消え去っていった。


 ケーニヒが冷淡に告げる。


「貴様、随分(ずいぶん)と痛みに弱いんだな」


 痛みの残響が残る体で、ステファンがよろよろと立ち上がる。


「……なんだったんだ、今のは」


「この魔道具の機能だ。

 会話を始めると、子機の着用者を激痛が襲う。

 寝ていても、確実に叩き起こせるような痛みだ」


 あれほどの痛みだ、寝ているどころではない。


 それどころかステファンは喋ることすらできなかった。


 ケーニヒが不敵な笑みで告げる。


「なに、痛みに慣れれば会話ぐらいはできるようになる。

 ――元々は魔族の伝令に伝わる呪具でな。それを改良したものだ。

 邪神の力を借りて『使用者の痛み』を魔力に変換して動く。

 魔石不要の魔道具だ」


 その発言の意味を理解したステファンの顔が険しくなっていく。


「呪具、だと?! そんなものをメルフィナに渡したのか?!」


「メルフィナが持っているのは親機だ。

 会話の主導権を握る機能しかない。

 子機だけが魔力を供給する。

 要は手下に無理やり付けるのが子機だ」


 ステファンが疑念の眼差しでケーニヒを見据えた。


「……親機側は安全なんだな?」


「ああ、その通りだ。

 ――俺がメルフィナに危険な物を渡すと思ったか?

 そして子機側は、いつでも通話要請に応じられるよう着用する必要がある」


 その言葉の意味も、ステファンは理解し、戦慄した。


「……着用している間、あの激痛の恐怖に(おび)え続ける――そういうことなのか?!」


 ケーニヒが(うなず)いて答える。


「その『いつか来る激痛の恐怖』に、人間は長時間耐えられない。

 帝国でも最大一時間を限度と定めている。

 時間が来れば、着用者を交代する。

 時間が決まっていれば、案外耐えられるものだ」


 ――だとしても狂っている!


 ケーニヒが余裕の笑みで続ける。


「恐怖に耐えられなければ、指輪を外せばいい。

 改良してあるから『抜けなくなる』なんてことはない。

 痛みに耐えられない時でも、指輪を引き抜けばそこで痛みは終わる」


 かつては『一度付ければ死ぬまで外れない』という呪具だった。


 魔族の歴史でも、過酷すぎて(すた)れてしまったという伝説の呪具だ。


 その頃に比べれば、むしろ人道的な魔道具と言える。


 ステファンが戦慄しながら(たず)ねる。


「……お前も子機を身に着けているのか」


 ケーニヒはニヤリと口の()を持ち上げ、両腕を広げて見せた。


「ああ、もちろんだとも。

 メルフィナが必要とするとき、いつでも応じられるよう常に身に着けている!」


 そう言い放ったケーニヒの両手には、指輪が一つもなかった。


 ステファンが怪訝(けげん)な顔で(たず)ねる。


「……どこに付けてるんだ?」


「あの黒い指輪は特別製でな。

 色々と機能を追加していったら、指に()められるサイズでは収まらなくなった。

 なので体内に埋め込んである」


「お前?! それじゃあ外せないじゃないか?!」


「外す気もないからな。何も問題がない」


 その声は静かに燃える青白い炎のようにステファンには聞こえた。


 尋常な覚悟ではない――いや、正気の沙汰(さた)ではない。


「……外す気がない、というのは?」


「無論『死ぬまで子機を着用する』という意味だが?」


「……痛くはないのか」


「慣れれば、どうということはない」


「……いつか来る痛みが、恐ろしくはないのか」


「覚悟があれば、問題はない」


「……後悔、したことはないのか」


 ケーニヒがフッと鼻で笑った。


「そんなもの、前世で『メルフィナ(カリナ)をむざむざ殺された』と知った時に、死ぬまで味わった。

 あれに比べれば、この程度は些事(さじ)だ」


 その目には煉獄の炎のような執念が宿っていた。


 正気で居るのが信じられない――それほどの情念だ。


 ステファンが絞り出すように、震えた声で(たず)ねる。


「…………自分が狂っている、とは思わないのか」


「全く思わんが?

 もう二度とあの後悔を味わわないよう、万全を期した。

 メルフィナが助けを願った時に、必ず助けられるようにした。

 『ただ、それだけ』だ」


 ステファンは絶句した。


 ケーニヒは前世で、いったいどれほどの苛烈な後悔に(さいな)まれたというのか。


 魔族という長寿の生命体が、死ぬまで数百年をその後悔の炎に焼かれて生きた。


 ステファンには想像すらできない地獄だ。


 ケーニヒの目に狂気のような濁りが宿る。


「――いいか、このことを決してメルフィナには悟らせるな。

 知ったが最後、メルフィナは指輪に願うことをやめるだろう。

 それは彼女を守る最後の砦が無くなることを意味する。

 彼女を愛する者であれば、その恐怖がわかるだろう?」


「……もし、俺がばらしたら?」


 ケーニヒの目に、さらなる狂気が宿る。


「なに、先ほどの痛みが児戯に思えるほどの、生まれてきたことを後悔するだけの『ありとあらゆる責め苦』を与えてやろう。

 元・魔王の息子が直々に拷問してやるんだ。光栄だろう?

 ――だから『わざとばらすこと』もやめておけ」


「そんなことをすれば、メルフィナに嫌われるだろうに」


「彼女に勘付かれないよう、お前を責め殺すことなど造作もない。

 お前の家族を同じように(なぶ)り殺すこともな。

 ――だが、お前が俺との約束を破らない限り、決してそのような真似はしない。

 これは『メルフィナ』の名にかけて誓おう」


 ケーニヒにとって絶対神性である『メルフィナ』の名にかける――それは破られない誓い。


 同じだけの覚悟をステファンにも要求しているのだ。


 この約束をたがえれば、ケーニヒは王宮で守られる王族すら人知れず『処理』できてしまう。


 ケーニヒがそう言っていることを、ステファンは理解した。


「……わかった。決して悟らせない」


 ケーニヒが満足気に不敵な笑みを作った――その目からは、狂気が去っていった。


「いいこだ――最初の内は着用時間を決めておけ。

 帝国基準の最大一時間は、訓練された者が対象だ。

 一日五分から始めろ。慣れて来たと思ったら少しずつ伸ばせ。

 恐怖や痛みに耐えられない、そう感じたら素直に指輪を引き抜け。

 たとえ会話の最中で会っても、だ。

 何かを言われたら『魔道具の調子が悪かった』とでも言っておけ。

 ――ああ、メルフィナは夜になると会話したがる。最初は夜に着用しろ」


 懇切(こんせつ)丁寧、徹底した指導だった。


「なぜ……そこまでして、この指輪を俺に渡すんだ」


「貴様が望んだことだろう?」


 ステファンが首を横に振って答える。


「そうじゃない! 俺が望んだからとはいえ、こんな大切な情報をなぜ、俺に教えた?!」


 あまりに重すぎる秘密――これを抱えるには、ステファンはまだ若すぎた。


「メルフィナはまだ、貴様に()かれる心を残している。

 メルフィナが望んだ時、その望みを叶えられるようにした。

 『ただ、それだけ』だ」


「……メルフィナが俺を選んだ時、お前は子機を外すのか」


「外す気がない、と言ったはずだが?

 俺が望むのは、メルフィナの幸福だ。

 最後にメルフィナが貴様を選んだとしても、俺は生涯メルフィナを守り続ける。

 貴様以外の誰であろうと、それは変わらん」


 ステファンには口に出せる言葉がなかった。


「ああ最後に一つ。

 メルフィナの前では、指輪を()めてみせろ。

 メルフィナから離れたら外せ。

 さすがに、目の前で使われることはない。心配するな」


 ステファンがゆっくりと(うなず)いた。


「さぁ、そろそろメルフィナが待ちくたびれる頃だ。

 説明は理解したはずだ。戻るとしよう」


 ケーニヒが結界を解除し、カーテンを開けていった。


 最後にステファンを伴い、空き室を(あと)にした。


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