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天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~  作者: みつまめ つぼみ
第5章 私の選択

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第30話 金の指輪

 昼食のテーブルには、私とシュバイクおじさま、そしてケーニヒが居た。


 おじさまが微笑(ほほえ)みながら告げる。


「なるほど、あなたが噂の『帝国第一皇子殿下』ですか」


 ケーニヒは昼食の肉料理にナイフを通しながら答える。


「ほぅ、俺はそんなに噂になっているのか」


 私は思わず横から言葉を差し込む。


「むしろ、噂にならない方がおかしいとか思わないのかな?!」


「全く思わんが?」


「昨晩の夜会でも、君が散々好き勝手やったのが、この国の社交界中に響きまくってるんだけどな?!」


「社交界など『そういうもの』だ。

 言ったろう? 噂好きには、好きにさえずらせておけ」


 ケーニヒは悠然(ゆうぜん)と肉料理を口に運んでいた。


「その結果、私とステファンと君が三角関係って噂が、この国中に知れ渡ってるわけなんだけど?!」


「だから、それは事実だろう?

 事実を否定してどうするのだ」


「だーかーらー!

 私はステファンと婚約したばかりなの!

 醜聞(スキャンダル)なんだよ、醜聞(スキャンダル)!」


 ケーニヒはワインを一口飲んで答える。


「俺には関係ないな。興味がない。

 醜聞(しゅうぶん)など、噂好きな連中の酒の(さかな)に過ぎん。

 言いたいだけ言わせておけ」


 シュバイクおじさまが、何かを納得するように(うなず)いていた。


「なるほど、噂通りの御仁のようだ。

 メルフィナは『愛人ではなく、古い友人だ』と言っていた。

 だが三角関係ならば、友人以上恋人未満、といったところかな?」


 ケーニヒが(うなず)いてこたえる。


「そうだな。今はそんなところだろう」


 私はまた横から口を挟んでいく。


「『今は』ってなんだよ?!

 私は君と恋人になるつもりなんて――」


 ケーニヒの金色の瞳が私を見つめた。


「ないのか?」


 私はその瞳に(ひる)んで肩をすくめた。


「……わかりません」


 私の声は消え入りそうである。


 ケーニヒが小さく息をついた。


「まぁ、そうだろうな。

 ――なに、俺はいつまでも待つ。

 お前がその気になった時は、遠慮なく言え」


 おじさまが楽し()に笑いだした。


「この国の王子と隣国の皇子を両天秤だなんて、メルフィナも隅に置けないね!」


 私は必死に抗議する。


「シュバイクおじさま?!

 朝は(たしな)めてたのに、どうして今はそんなに楽しそうなのかな?!」


 おじさまが優しく微笑(ほほえ)んで答える。


「お前の態度を見ていれば、悪い方でないのは手に取るようにわかる。

 一時期、(ふさ)ぎ込んでいた時はどうしようかと思ったけどね。

 元気になれたのはきっと、この片に助けて頂いたのだろう?

 ――ケーニヒ殿下、私からも礼を言わせてほしい。ありがとう」


 ケーニヒに対して向き直り、おじさまが頭を下げた。


 なのに、ケーニヒはおじさまを見ようともせず朝食を続けていた。


「ケーニヒ?! せめておじさまを見てあげて?!」


「頭を下げられる覚えなどないからな。

 ならば、見る必要もあるまい?

 ――シュバイク侯爵、だったか。そういうことだ。

 貴君も無駄なことはせず、昼食を楽しむといい」


 ――ケーニヒが、人の名前を憶えてた?!


 おじさまが顔を上げ、楽しそうに笑い声を上げた。


「では、お言葉に甘えさせて頂くとしよう」


 やけに楽しそうなおじさまは、言われた通り昼食を楽しみだしていた。


 私はケーニヒに(たず)ねる。


「……ねぇケーニヒ、君が『人の名前を覚える』だなんて、どういう風の吹き回し?」


「お前の住んでいる家の持ち主だからな。

 さすがに名前くらいは覚える」


「名前だけなの?! 顔も覚えてあげて?!」


「考えておこう」



 シュバイクおじさまは、実に微笑(ほほえ)ましそうに私たちを見守っていた。





****


 昼過ぎになり、約束通りステファンがやってきた。


 ケーニヒがソファで足を組みながらステファンを迎える。


「随分と遅かったのだな。

 あれだけ待ち()びていた魔道具だろうに。

 行儀のいいことだ」


 ステファンが白い目で見ながらケーニヒに答える。


「朝からメルフィナの家に駆け付けるわけにもいかないからな」


「俺は昼前から居たが?」


 私は思わず横から口を挟む。


「ケーニヒがマイペースすぎるんだよ!

 普通、誘われてもいないのに『昼食をご馳走(ちそう)になろう』とか思わないよ?!」


「だから一度は遠慮しただろうが。

 『(まかない)(めし)で構わん』とも伝えたはずだが?

 『是非(ぜひ)に』と言われたから同席したまでだ」


「隣国の第一皇子に(まかない)(めし)なんて出したら外交問題だよ?!」


 ステファンがぼそりと(つぶや)く。


「お前の口から『遠慮』なんて単語が飛び出るとは思わなかったな……」


 それは私も同感である。


 ケーニヒが鼻を鳴らして答える。


「心外だな。俺だって(わきま)える所は(わきま)える」


 私が思わず声を上げる。


「どの口が言うのかな?!」


「この口だろうな」


 ステファンが鋭く声を上げる。


「それより! ――ケーニヒ、約束の物を渡してくれないか」


 いつもの応酬が止まらなくなりそうな気配でも察したのかな?


 無理やり本題を差し込んできたぞ?


 ケーニヒがニヤリ、と不敵な笑みを作った。


「ふむ、いいだろう――メルフィナ、隣室を借りるぞ」


「え? 目の前で渡せばいいじゃないか」


「お前は気にするな。

 ――さぁ、行くぞステファン」


「ああ、わかった」


 ステファンはケーニヒに連れられて、隣室の空き部屋に入って行った。





****


「まーだーかーなー……」


 あれから三十分ほど経つ。


 二人はまだ、隣室にこもったままだ。


「なんで魔道具を渡すのに、こんなに時間がかかるんだよー」


 私が不貞腐(ふてくさ)れていると、ようやく隣室から二人が戻ってきた。


 私は唇を(とが)らせて抗議する。


「遅いよ! 何をしてたのさ!」


 ケーニヒがフッと微笑(ほほえ)んで答える。


「使い方をレクチャーしていただけだ。

 少し、コツがいるのでな」


 ステファンの顔を見ると、妙に表情が硬かった。


「どうしたの? ステファン」


「――あ、いや。

 なんでもない。大丈夫だ」


「それで? ステファンはどんな魔道具なの?」


 ステファンが握りこんでいた手を私の顔の前に持ち上げ、その手を開いた。


 そこに在ったのは一対の金の指輪。


 片方はリングだけ、もう片方には翠玉(エメラルド)()めこんであった。


 ケーニヒが私に告げる。


「石の付いてる方がメルフィナ用だ。受け取ってやれ」


「はーい」


 私が指輪に手を伸ばすと、指輪が逃げた。


 ステファンが手の平を私から遠ざけたのだ。


「ステファン?」


 ケーニヒがステファンに鋭く告げる。


「どうしたステファン、何を怖気(おじけ)付いている」


 怖気(おじけ)付く?


 ステファンの表情は硬いままだ。


 ケーニヒが小さく息をついた。


「――しょうがない奴だ。使う気がないなら返してもらうぞ」


 ケーニヒが手を伸ばしかけると、ステファンが指輪をかばうように握りしめた。


「いや、ある! あるから少し待ってくれ!」


 そう言うとステファンは、目をつぶってから深く深呼吸をしていた。


 何度か深呼吸を繰り返してから目を開けると、意を決したように私を見つめた。


 ケーニヒが告げる。


「小指用の指輪だ。メルフィナ、左手を出せ」


「こう?」


 私は言われるがままに左手をステファンに差し出した。


 そこには既に、薬指に婚約指輪、人差し指に黒い指輪が()まっている。


 ステファンは黒い指輪を見つめた(あと)、私の左手を取った。


 あれ? ステファンの手、震えてる?


 ステファンの手が、ゆっくりと私の小指に金の指輪を()めた。


 私は受け取った指輪を光にかざし、まじまじと(なが)めてみた。


「綺麗だねー」


 ケーニヒが不敵な笑みで告げる。


「さぁ、これで条件は同じだ。

 メルフィナは話をしたくなった時、好きな方の指輪を使え。

 ――ただし、どちらの指輪も決して無駄に使うな」


「わかったー」


 私の暢気(のんき)な返事とは裏腹に、ステファンは黙って残った金の指輪を見つめていた。


 ケーニヒが(あき)れたように告げる。


「どうした、ステファン。

 ついになる指輪を自分に()めねば、会話はできんぞ?」


 私はステファンとケーニヒを見比べて告げる。


「へー、そういう魔道具なんだ?

 じゃあケーニヒも黒い指輪を付けてるの?」


 だけど、ケーニヒの両手を見ても、それっぽいものは見当たらなかった。


 私は小首を(かし)げて(たず)ねる。


「あれ? ケーニヒの指輪は?」


「俺は隠し持っている。

 ()くすと困るからな」


「えー、私にも見せてよー」


「駄目だ。諦めろ」


「けーちー!」


 おそろいの指輪を見てみたかったのになぁ。


「まぁそう言うな。

 これでも一応、帝国の軍事機密だ。

 みだりに見せびらかす物でもない」


「え、そんな物を私が受け取って大丈夫なの?」


「お前には必要な物だ。問題ない。

 だが指輪で会話できることは極力、他人には()らすな」


 私は小首を(かし)げて(たず)ねる。


「ステファンが使い方を知っても大丈夫だったの?」


「この男とも、機密を()らさない約束を交わしてある」


「そっかー。じゃあ今夜にでも試してみようかな!」


 ケーニヒがフッと笑った。


「無駄遣いはするな、と言ったはずだ。

 特に、ステファンの指輪は『手加減』してやれ」


「んー? よく分かんないけど、分かったー!

 でも、ちゃんと私と会話できるか、試した方が良くない?」


「使い方を教える時、俺とステファンで試してある。

 機能に問題がないことは確認済みだ」


「ちぇー、なんだー。

 ねぇ、ステファンの指輪は少し小さいけど、こっちも使用回数に制限とかはないの?」


「そうだな。お前が気にすることではないが、ないと思っていい。

 お前が必要だと思った時に使ってやれ」


「はーい」


 ケーニヒが身を(ひるがえ)した。


「では用が済んだ。俺たちは帰るとしよう」


「え?! ステファンも帰っちゃうの?!」


 ケーニヒがステファンの肩を抱いて答える。


「どうやら、もう少しレクチャーが必要なようだからな。

 なに、男と男の話し合いだ。

 メルフィナは大人しく明日を待ってろ。

 ステファンと一緒に来てやる」


 私はステファンを見つめながら答える。


「うーん、それはいいけど。

 ステファン、さっきから顔色が良くないよ?

 大丈夫なの?」


「……ああ、大丈夫だ」


 結局、二人はそのまま帰ってしまった。


 ステファンは最後まで表情が硬いままだった。


 へんなの。


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