第28話 醜聞
リアンのお茶会は続いていた。
ステファンがケーニヒを戦慄した顔で見つめていた。
「一人で一軍の噂が、真実だって言うのか」
ケーニヒが鼻を鳴らして答える。
「それがどうした?
どれほど強くても、俺は一人の人間だ。
数万の軍に囲まれれば、力尽きて終わる。
こんな弱い力しか持たぬ奴など、使い道はあるまい」
あ、だめだこいつ。『魔王の息子』基準で考えてる。
ケーニヒが私を見て告げる。
「顔を見れば、何を考えているかがわかるぞ?
だがそれはとんだ勘違いという奴だ」
「……なにがどう勘違いなのよ?」
「いいか? 戦況をひっくり返せない程度のわがままな人間が一人いるとしよう。
だがそれでは戦争には勝てん。統制の取れた大軍の方が戦争では強いに決まっている。
俺一人で他国を占領することも、ましてや統治することもできん。
命令すら聞かない戦力を、いったいどこに使えというんだ?
軍事行動の邪魔にしかならん」
私はため息をついて答える。
「……逆に考えてみなさいよ。
一人で一万人に匹敵する人間が『好きに暴れて来い』って言われて前線に投入されててみなさいよ。
そのすぐ後ろには統制の取れた大軍が控えてる。君に構えば側面や背面を突かれる。
だけど大軍に備えると君が好き勝手に暴れて戦線を蹂躙されて崩壊する。
――どちらにせよ、君の前に立てば待つのは死だけ。
それで士気を維持して逃げない兵士が居ると思う?」
「……なるほど、それは盲点だったな」
「『盲点だったな』、じゃなああああああああああい!!」
私の手刀がケーニヒの喉に炸裂した。
「ぐっ……さすがに、喉に手刀はきついな」
どうやら私の攻撃は、甘んじで受けているようである。
リアンがぼそりと呟く。
「……メルフィナ、とても生き生きとしてらっしゃいますのね」
――あっ! お茶会だった!
「コホン! ――いえ、はしたなく取り乱してしまいましたわ」
リアンのご友人がポツリと告げる。
「私たち、一人で一万人に匹敵する大魔導士とお茶をしてるのですわね……」
嘘みたいな話である。
ケーニヒが紅茶のお替りを口にしたあと私に告げる。
「なに、今の俺の全力でも、メルフィナの防御結界を崩すのは無理だ。
それに今のお前でも、全身全霊の一撃なら、一瞬で千人くらいは燃やし尽くせるだろう?」
あー、奥の手の≪獄炎≫か。今も使えるのかなぁ?
「私、攻撃魔法は使ってきてないんだよねー。
無暗に撃てるものでもないしさー。
防御結界の強度は大丈夫だと思うんだけど」
「お前ならば、一個師団が相手でも負けはしないさ。
――つまり、お前の戦力も一個師団相当ということだ。
むしろ人間に攻略不可能な防御結界を張れる分だけ、お前の方が質が悪い」
む、それは貴族令嬢に向ける言葉じゃないと思う!
リアンがしみじみと告げる。
「私たち、そのような方と今までお茶をして参りましたのね」
「……コホン! いえ、そのような野蛮なこと、私は致しませんわよ?」
ケーニヒがニヤリと笑ってステファンに告げる。
「よかったなステファン。
メルフィナが痴話喧嘩で本気でキレたら、秒で骨すら残さずに火葬してもらえるぞ?」
私は思わず声を上げる。
「しないっつってんだるぉおおおおおおっ?!」
その日のお茶会は、大変賑やかだった。
****
休日を前日に控えた夜会に、リアンのご友人から招待された。
ステファンが疲れたように呟く。
「夜会でも、なのか……」
招待されたのは私とステファン。
第一王子と婚約者なので、当然である。
だけど――。
「どうしたステファン。疲れているようだな」
――そう、ケーニヒである。
しれっと私たちの馬車に乗り込んできて、そのまま夜会の会場まで付いてきてしまった。
会場入り口でも、飛び入り参加の隣国第一皇子を断るのは難しい。
なんせリアンのご友人、子爵令嬢だし……。
下位貴族が断れるわけがなかった。
かくして会場入りしたケーニヒは、こうして私の傍に張り付いている。
しかし、腐ってもヴィシュタット帝国第一皇子である。当然、夜会でもモテた。けど――。
「すまないが、興味のない相手の顔も、名前も覚える気がない。
挨拶するだけ無駄だから、来なくていいぞ」
ケーニヒはやっぱりケーニヒだった。
だけど見た目はいいので、視線は集める。
実に面倒くさい奴である。
私は小さく息をついてステファンに告げる。
「ステファン。ケーニヒは居ない者として振る舞いましょう?」
「……そうだな。というか、それしかなさそうだ」
私たちも馬鹿ではない。
この一週間でなんとなく、ケーニヒの扱い方を覚えてきてはいるのだ。
主催者の貴族令嬢が近づいてきた。
「まぁ! ステファン殿下、ようこそおいでくださいました!」
「ミーシャ嬢、今日は楽しませてもらうよ」
「はい――メルフィナ様も、どうぞ楽しんでいってくださいね」
「ええ、ありがとう。ミーシャ様」
ミーシャ様はケーニヒにも挨拶をしようとした。
だけど、視線すら合わそうとしないケーニヒに諦めたようだ。
最初、主催者のミーシャ様こそ挨拶をしてくれた。
だけど、それ以外には遠巻きにされていた。
……原因のほとんどはケーニヒである。
「ケーニヒ、少し離れませんこと?」
「断るが? 俺はお前の傍に居る」
そう、王国第一王子とその婚約者に、帝国第一皇子がぴったりと固まっている。
しかもケーニヒには愛想が一切ない。
近づいておいて無視はできない、けど挨拶をしようとすると拒絶する。
そんな相手がいるんじゃ、近寄りたくても近寄れないだろう。
『挨拶しづらい』し『醜聞の臭いがする』ということで、周囲はひたすら観察を続けていた。
私はステファンと小声で話し合っていた。
「なんか、ひそひそと噂話まで飛び交ってない?」
「どうみても三角関係だしな……」
ケーニヒが堂々と大きな声で告げる。
「なにか間違っているのか?
一人の女を取り合っている仲じゃないか。
今更遠慮など要らんぞ?」
私たちは慌ててケーニヒの口を塞いだ――けど、遅かった。
周囲のひそひそが騒然とした並みになって広がっていく。
私は大きくため息をついた。
「だめだこりゃ。完全に噂が流れた」
帝国第一皇子、直々の『私を取り合ってます』宣言だ。効果は抜群だ!
ケーニヒが不敵な笑みを浮かべながらワインを口にしていた。
「事実だろう?
それに、噂を流したい奴には好きにさせろ。
人の口に戸は立てられん」
「だ・い・た・い・き・み・の・せ・い・な・ん・だ・け・ど?!」
私はケーニヒの胸に指を突き刺しまくっていた。
「メルフィナ、抑えて! みんなが見てる!」
背後から近づいてきたステファンが、私をケーニヒから引きはがした。
――やば?! 見られてた?!
慌てて微笑みを湛え、ステファンに寄り添う。
「……セーフかな?」
「……アウトじゃないかなぁ」
私とステファンの呟きに、ケーニヒが不敵な笑みで答える。
「どちらでも構わんだろう?」
「だから! 原因は君だ!!」
その日の夜会の様子は、瞬く間に社交界を駆け巡ったらしいと後で知った。




