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天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~  作者: みつまめ つぼみ
第3章 試練と天秤

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第23話 紅茶の試練(3)

 ケーニヒの金色の瞳が私を見つめていた。


「どうだ? メルフィナ。婚約を続けられる気はするか?

 ――ああ、さっき言ったように、悪ふざけのことは忘れてやれ。

 ステファンには前世の記憶がないことを考慮してやるんだ」


 今のステファンと一緒に、婚約を続けるのか……。


 続けられるの?


 いつか彼との信頼を修復できる日は来るのかな。


 できなかったとして、私に婚約を白紙に戻す度胸なんてあるのかな。


 信頼できない相手との婚約や婚姻なんて、耐えられる自信はない。


「……まだ、わかんない」


 ケーニヒがステファンを横目で見た。


「ステファン、貴様はどうだ? 婚約を続ける意思はあるのか?」


「……ある。俺は必ず、メルフィナを手に入れて見せる」


 決意を新たにしたステファンの目を見て、ケーニヒがまた楽し気に笑っている。


「ククク……弱弱しいが、ギリギリ及第点だな。

 言い切るだけの気概は残っているようだ」


 私は小首を(かし)げてケーニヒに(たず)ねる。


「ねぇ、どうして『及第点』なんて言葉を使うの?

 ケーニヒは私に幻滅させて、自分を選ばせたいんじゃなかったの?」


 ――そう、言動に矛盾がある。


 ケーニヒは不敵な笑みで私に答える。


「あの夜も言っただろう? 俺はお前の幸福だけが目的だと。

 お前を確かに幸福にできる男たちが、二人して自分を取り合う。

 ――どうだ? 女冥利(みょうり)に尽きると思わないか?」


 私はジト目でケーニヒを見つめた。


「ケーニヒ? 私、そんな趣味は持ってないんだけど」


 私は望んだ相手に選んでもらえれば、それでいいタイプだ。


 ――もっとも、今もステファンを望んでいるのか、その自信すらなくなっているのだけど。


 また楽しそうに笑うケーニヒが、私に(たず)ねてくる。


「では聞こう。先ほどお前は『まだわからない』と言った。

 ならばステファンに()かれる心が、まだ残っているんだな?」


 だいぶ()り減った気がするけど、まだ残ってると思うので(うなず)いておく。


 ケーニヒがまた私に(たず)ねてくる。


「では、俺に()かれる心はあるか?」


 ……いっつも私を引っ掻き回す、困った奴。


 だけど不安な夜、指輪で語りかけて安心させてくれた。


 危ない時に守ってくれた。


 どんな無茶な言葉も信じてくれた。


 ケーニヒは、いつでも、どこまでも『私だけの味方』だった。


「……ある」


 そう口にして、自分のことながら目を見張った。


 そんな――いつの()にこんな気持ちになったんだろう?


 ずっと友達だと思ってた。


 『カリナ』にはなかった心だ。


 ケーニヒが小さく(うなず)いた。


「今、お前が俺に抱いてる気持ちは、前世の分を加味している。

 だが本質はそこじゃない――あの夜から今この時まで、積み重ねて来た信頼の重さだ」


 そしてケーニヒはステファンに振り向いた。


「メルフィナに渡した指輪だが、護身用でもあり、使用者が望むときに俺と言葉を交わせる魔道具でもある」


 ステファンの顔に驚愕(きょうがく)が走った。


 『会話できる』とは知らなかったからだろう。


 ケーニヒが言葉を続ける。


「俺はメルフィナが望む時、話し相手になっていた。

 使われたのは二度だがな。

 そしてあの夜の暗殺未遂、そして解放している時と今している会話。

 たった四回だが、俺はメルフィナの心に寄り添うことで信頼を育んだんだ」


 ステファンは「寄り添う……」と呟いて、耳を傾けていた。


「前世のメルフィナは、俺に()かれてなどいなかった。

 あの夜、再会した時もな。

 ――貴様にこの真似ができるか? 貴様の方が、圧倒的に機会は多いはずだ」


 ステファンは答えず、深く考え込んでいた。


「できなければ、メルフィナの心は俺のものだ。

 悔しかったら俺に張り合うのではなく、メルフィナのために生きて見せろ――俺よりも、な」


 ケーニヒはそうして不敵に笑っていた。


 『簡単には追い越されてやらん』とでも言いたげな表情だ。


 ステファンがケーニヒに(たず)ねる。


「ケーニヒ。いつでもメルフィナと会話できるのは、あまりに卑怯だと思わないか?」


 ――そこ?! 思うところがそれなの?!


 ケーニヒがまた楽しそうに笑った。


「ククク……さっき言っただろう?

 メルフィナが話したいと思わない限り、互いの声は届かない。

 そこは単に、お前への信頼が足りないだけの話だ」


「どちらでもいいから、話を聞いてほしい時だってあるかもしれないだろうが」


「ハハハ! わかったわかった!

 では一週間後、会話だけで切る同じような魔道具を用意しよう――それでいいか?」


 ステファンがケーニヒを(にら)みつけて(たず)ねる。


「……代償は?」


「そうだな……今は貸しにしておこう。

 そのうち返してくれ」


 ステファンが(うなず)いて「わかった」と答えた。


 ケーニヒがソファから立ち上がって告げる。


「――よし、これ以上ここに居てもメルフィナを疲れさせるだけだ。

 今日は色々あって、へとへとだろう。俺たちは帰るぞ」


 ――えっ?!


「もう帰っちゃうの?!」


 私は立ち上がったケーニヒの顔を見つめていた。


 ケーニヒは不敵な笑みのまま答える。


「なんだ? 寂しくなったのか?

 ――俺の助けが欲しければ、いつでもその指輪に願え。

 『俺はお前だけの味方』だ」


 そう言ってケーニヒは私の頭を撫でた(あと)、ステファンと一緒に部屋を出ていった。





****


「……つかれたー!」


 私はベッドに倒れ込んでいた。


 お日様はまだ高いけど、今日ほど心臓に悪いことは、生まれ変わって初めてだな。


 カタリナが紅茶を入れなおしながら告げる。


「メルフィナお嬢様、少し休まれてはいかがですか」


「うん、ちょっとお茶を飲んだらちょっと寝るね。

 食事になったら起こしてー」


 カタリナは嬉しそうに微笑(ほほえ)んだ。



 お茶を一口飲んでから、今日の出来事を振り返る。


 やっぱりケーニヒの言動、なんか矛盾してるんだよなー。


 前世でも何を考えてるのか分からない奴だったけど、今世はさらに分からない。


 ポリポリとクッキーをかじっていく――美味。


 紅茶でクッキーをお腹に流し込む。


「うーし! 寝るかー!」


 そして私は着替えて、いそいそとベッドにもぐり込んだ。





****


 暗闇の中、ベッドの上で寝返りを打つ――目の前には、また黒い指輪があった。


 どうしようかな……。


「ねぇケーニヒ」


『――なんだ? 今夜はどうした』


「うーんとね、なんでもなーい!」


『フッ、指輪の無駄遣いはやめろ、と言ったはずだ』


「無駄遣いじゃ、ないんだなー」


『ああ、そうだろうな。声が楽しそうだ』


「……今日は、ありがとう」


 ステファンに前世のことを打ち明けられた。


 ケーニヒが来てくれなければ、今夜もどこか不安な夜を過ごしていたと思う。


『なに、気にするな。大したことじゃない』


「……じゃあ、おやすみ」


『ああ、いい夢を』



 そうして、私はゆっくりと目を閉じた。





****


「ごきげんよう、皆様」


 私が教室に入ると、周囲からも挨拶が返ってくる。


 いつものように席に座り、そっと左手の黒い指輪を眺める。


 にへへへ……。


 突然、横からリアンが声をかけてくる。


「ごきげんようメルフィナ。

 ――あら? その指輪、新しくステファン殿下から頂いたの?

 とても嬉しそうですわね」


「へっ?! いや! これは違うの! 古い友人からの頂き物!」


「あら、そうでしたの? それにしては、お顔が緩んでらしてよ?」


 リアンは不審な顔で、私と指輪を見比べていた。


 あちゃー、そうだよね。


 婚約したばかりで『他人からもらった指輪』をニタニタ(なが)めてたら駄目だよね……。


 とんだ失敗である。気を付けよう。


 そっと膝の上で両手を重ね、右手で指輪を撫でる。


「メルフィナ嬢、頬が緩んでるぞ」


 ベルンハルトが背後からそっと耳打ちしてきた。


「うひあ?! ……あ、おはようベルンハルト。お兄さんは?」


 彼は小さくため息をついた。


「まだだ……どこに居るんだかな」


 ベルンハルトは窓の外を(なが)めていた。


 でもきっと、見ているのはもっと遠くだ。


 『見つかるといいね』、と言ってはいけないんだろうな。


 だけど主犯のサラ様が王都追放でスンだのだし。


 共犯も同様の処罰で済んでくれたらいいのに――そう期待した。


 ふと見ると、ステファンが既に席に着いていた。


 おや? いつもの挨拶は?


 またベルンハルトが耳打ちをしてくる。


「なぁメルフィナ嬢、ステファンと何があったんだ?

 妙に元気がないんだ」


「あー。ちょっと私の古馴染みと色々あって、落ち込んでるみたい」


 ベルンハルトは心配そうにステファンに目をやった。


「そうか……大丈夫なのか?」


「うん。きっと、私たちの問題だから。大丈夫だよ」


 ベルンハルトは「そうか」と(うなず)いた(あと)、自分の席へ戻っていった。


 まぁステファン用の魔道具が届いたら、少しは元気になるのかな?



 授業の準備をしていると、いつもより早く教師が入ってきた。


 彼は教壇(きょうだん)に立ち、「今日は大事なお知らせがあります」と伝えた。


 教師が教室の外を見て告げる。


「入ってきなさい」


 教室の入り口から現れたのは――ケーニヒ?!


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