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天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~  作者: みつまめ つぼみ
第3章 試練と天秤

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第21話 紅茶の試練(1)

 ケーニヒが私に微笑んで告げる。


「メルフィナ、だからお前にそんな顔は似合わん。

 ステファンの器が小さいだけの話だ。

 俺ならお前の言うことなど疑いはしない――昔も、今もな。

 『俺はお前だけの味方』だ」


 私はケーニヒに微笑(ほほえ)み返しながら答える。


「……そうだね。ケーニヒはいつも、どんな時でも信じてくれてたもんね」


 今度は自然と微笑(ほほえ)みがこぼれていた。


 ステファンが敵意のこもった眼差(まなざ)しでケーニヒを(にら)み付ける。


「俺はお前に呼び捨てにされる覚えはない!」


「俺は貴様のことを『呼び捨てにしろ』とメルフィナに言われてるんでな。

 メルフィナが望むならそうするまでだ。

 貴様も俺のことを呼び捨てにして構わんぞ?」


 ステファンが歯噛みしてる……あー、これは意地になってるな?


「……ケーニヒ、本当にメルフィナの言うことならば、全て信じるのか」


「当たり前だ。貴様とは違う」


 その言葉を聞いたステファンが、目をつぶって深呼吸した。


 目を開けたステファンは、(ふところ)から一つの薬瓶を取り出した。


「王族が持たされる、自害用の毒薬だ。

 これを俺たちの紅茶、どちらかにメルフィナに入れさせる」


 ――毒薬?! でも透明なその薬は、そんな危険な物には見えなかった。


 毒薬って、もっと毒々しい色をしてなかったっけ?


 ステファンがこちらを見て告げる。


「メルフィナは『どちらにも入れてない』と言え。

 それを信じて飲み干せたなら――ケーニヒ、お前のことを信用しよう」


 ケーニヒが鼻で笑ってから答える。


「いいだろう」


 馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりに肩をすくめてケーニヒは了承した。


「ではケーニヒ、壁際(かべぎわ)に行って後ろを向け」


 ケーニヒは言われた通り、壁際(かべぎわ)まで歩いていって背中を見せた。


 ……私は『薬を入れたふり』をすればいいのかな。


 私がそう考えていると、ステファンが耳打ちをしてきた。


「メルフィナ、この薬は無害だ。両方のカップに入れろ」


 ステファンは言い終わると、壁際(かべぎわ)に行って後ろを向いた。


 なにそれ。ケーニヒを試したいだけか。


 やれやれ、男の子はこれだから――そう思いつつ、二人のカップに薬を数滴たらしていく。


「入れたよー」


 二人がこちらを向いた。


 ステファンが困ったように微笑んだ。


「『入れたよー』じゃないぞ。『どちらにも入れてない』だ」


「あ、そっか。間違えちゃった。

 じゃあ『どっちにも入れてないよ』」


 照れ笑いを浮かべた(あと)、私は号令をかける。


「はい、どーぞ」


 ステファンが素早くテーブルに近づき、サッと紅茶を飲み干した。


 おっと? これだと『ケーニヒの方に毒が入ってる』ように見えるぞ?


 ステファンはニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべている。


 ……ステファン、ケーニヒのことを何も知らないからなぁ。


 私は茶番劇の予感というか、分かりきっている未来が見えていた。


 かくしてケーニヒもテーブルに近づいてきて、私にニヤリと微笑んだ。


 そのまま一息でカップを空にしてみせていた。


 ステファンは愕然(がくぜん)としてその姿を見つめている。


「馬鹿な……」


 ケーニヒは平然と腕を組んで不敵な笑みを浮かべていた。


「どうした? 何が馬鹿なんだ?

 貴様も俺も、こうして平然としているということは『毒はどちらにも入ってなかった』。

 または『毒ではなかった」、どちらかなのだろう?」


 ケーニヒは侮蔑(ぶべつ)の表情でステファンを見つめ返していた。


 ステファンはまた歯噛みをしている。


 フン、とケーニヒが鼻で笑った。


「そしてメルフィナは『入れてない』と最後に言い切った。

 ならば最初から毒など入っていなかった。

 それだけの話だ――何をそんなに悔しがっている?」


 ――そんな理屈、普通は通らない。


 私は最初に『入れた』と断言してしまった。


 そのあと取り(つくろ)って『入れてない』と言ったのだから。


 つまり、『両方に入ってない』はあり得ない。


 あるいは、毒でないことを見抜いていた可能性もある。


 だけどそれすら、迷いなく飲み干すには判断材料が足りないはず。


「――つまり、ケーニヒは私の言うことなら疑わないんだよ」


 ほーらね、と私は自慢気(じまんげ)に胸を張っていた。





****


 ステファンがケーニヒを(にら)み付けながら告げる。


「……いや、さっきの話が本当なら、ケーニヒとメルフィナは旧知の仲だ。

 メルフィナが毒なんて入れられない性格なのは、知っていてもおかしくない」


 ありゃ、ステファンの意地がさらに吹き上がったかな?


 私の言うことを信じるなら、もう試す必要なんかないのに。


 頭に血が上って、冷静に判断できてないな、これは。


「じゃあ、どうすればケーニヒを信用するの?」


 ステファンは別の薬を(ふところ)から取り出した。


 今度の薬は、中身の見えない瓶に入っていた。


「同じことをする。今度こそ自害用だ。

 メルフィナは『入れてない』と大きな声で言ってから、薬をどちらかに入れろ」


「できるわけないでしょ?! どっちかが死んじゃうよ?!」


 今度はちゃんと抗議した。


 いくらなんでも、そんな危険な遊びには付き合ってられない。


 ステファンがまた耳打ちをしてくる。


「さっきと同じ薬だ。同じように入れろ」


 ()りないなぁ……。


 やれやれ、と思いつつ「わかった」と(うなず)いた。


 二人のカップに紅茶を注いでいく。


 ケーニヒとステファンが再び壁際(かべぎわ)で背中を向けた。


「入れてないよー!」


 そう言ってから、両方のカップに薬を垂らした――紅茶の色が毒々しく変わった?!


 驚いている私に、ステファンが素早く駆け寄ってくる。


 口を押さえつけられ、後ろを向かされてしまった。


 ステファンの体でソファに押し付けられているので、振り向いて目で合図もできない。


 何考えてるの、ステファン?!


 混乱している私の耳に、ケーニヒが足早に近づいてくる音が聞こえる。


 カップを持ち上げる音の次に――紅茶を飲み干す音が超えた。


「ステファンが私の頭の上で「馬鹿な……」と(つぶや)いた。


 直後、ケーニヒがその場に崩れ落ちる音がした。


 ――ケーニヒ!!





****


「ケーニヒ! しっかりして! 今、お医者さんを呼ぶから!」


 私は泣きながら、(あわ)てて部屋の外に居たカタリナに医師の手配を指示した。


 すぐに倒れ込んでいるケーニヒの元に戻る。


「ケーニヒ! 死んじゃ駄目!」


 必死に肩を揺さぶるけど、ケーニヒは目をつぶったまま反応がない。


 私はステファンに振り返り、殺意を込めて(にら)み付けた。


「ステファン! 何を考えてるの?!

 なんでケーニヒを殺したの?!」


 ステファンは弱り切った顔で答える。


「……飲むとは、思わなかったんだ」


「なんで……」


 私はケーニヒの胸に顔を押し付けて泣いていた。


 毒を入れたのは私だ。


 私がケーニヒを……殺した。殺してしまった。


 私の肩をステファンが触った――汚らわしく感じて払い落とした。


「ケーニヒなら、毒と分かっていても飲むんだよ!」


 私の涙はこぼれ続けていた。


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