第20話 お見舞い(2)
午後になり、今日もステファンがお見舞いに来てくれた。
私はソファに座ってステファンを迎えた。
ステファンが私に微笑んで尋ねる。
「もう寝てなくていいのか?」
そう言いながら、彼は私の向かいに腰を下ろす。
「そりゃあもう!
昨日だって別に、寝てる必要はなかったくらいだしー!」
私はニコニコと微笑んで答えた。
「ケーニヒのおかげか?」
「……そうだね」
私の元気が、どこかへ抜けていった。
「俺では、お前を元気にすることはできないのか」
「……今はまだ、わからない」
「明日は学院に来られそうか?」
「そうだね……行けると思う」
「また、放課後の貴賓室に……集まってくれるか?」
貴賓室に?
「……何をしに?」
ステファンは答えてくれなかった。
コチ、コチと、時計の針の音が耳に残る。
しばらく無言の後、ステファンがゆっくりと口を開く。
「目的がなければ、集まれないのか」
「……貴賓室で、こうして気まずい沈黙を味わうの?」
ステファンが苦しそうに微笑んだ。
「――そうだな! 目的があった方が、気が紛れるか!」
「宰相の問題は、どうにかなりそうなの?」
「ああ、父上の密偵が着実に追い詰めている。
宰相が動きたくても、次に動いた時が終わりだ。
迂闊には動けないだろう」
そっか、じゃあもうステファンの暗殺襲撃は起こらないんだな。
「……集まる理由、ないね」
「そうだな……だが俺たちは婚約者だ。
そのうち二人で出席しなければならない場所も出てくる」
「その時は、頑張って微笑むよ」
私はニッコリと微笑んでみせた。
「……俺にはまだ、そんな笑顔しかさせられないのか」
仮面がこぼれた。
「……そうだね。ごめん」
「いや、気にするな。
じゃあ、また明日、学院でな」
「うん」
ステファンが立ち上がった――そこに、カタリナが慌てて部屋に入ってきた。
「ケーニヒ第一皇子がお見えになるそうです」
私はステファンと顔を見合わせた。
この場に、ケーニヒが?
ステファンがこわごわと告げる。
「俺も、ここに居ていいか」
少し悩んだ。
だけど、断ったらいけない気がした。
「……いいよ」
私が頷くと、ステファンは少し安心したように小さく息をついた。
……信用、されてないのかなぁ。
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しばらく待っていると、不敵な笑みを浮かべたケーニヒが部屋の入口に姿を見せた。
黒い衣装に身を固め、長い黒髪と金色の瞳――昔から本当に変わらない。
ケーニヒが飄々として告げる。
「どうしたメルフィナ。お前にそんな顔は似合わん。
笑え。いつものように」
「……ほんと、ケーニヒは変わらないんだから」
思わず明るい笑い声が私の口から洩れた。
……ステファンの眉が歪んだような気がした。
ケーニヒはステファンの隣に腰を下ろす。
紅茶の給仕が終わると、私からケーニヒに尋ねてみる。
「それでー? 今日は何の用事なのかな?」
「なに、どうせステファン第一王子のことだ。
お前を困らせているだろうと思ってな」
「ねぇケーニヒ、それとステファンも。
どっちも『だいいちおーじ』で紛らわしいから、お互い呼び捨てにしてよ」
「いやだ」
「ああ、お前が言うのなら」
二人の言葉が殴り合っていた。
私は思わず吹き出して笑っていた。久しぶりの大笑いだ。
「あはは、ほんとそういう所、二人とも変わらないんだから」
『ハインツ』と『ゾーン』も、こうやってケンカしてたっけ。
私が心底楽しくて笑っていると、ステファンが動揺したように告げる。
「俺とこいつが、昔から? どういうことだ?」
ケーニヒが鼻を鳴らしてから告げる。
「貴様はまだ、メルフィナから聞かされていないんだな」
ステファンがケーニヒを睨みつけながら答える。
「お前は聞かされてるとでもいうのか!」
「聞かされるまでもない。俺はただ、知っているだけだ」
んー、二人の視線が火花を散らしているなぁ。
私はコホンと咳払いをして告げる。
「ステファンは知ることができなかった、けど『どこかで覚えている』こと、だよ」
ステファンがこちらを見て眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
私はゆっくりと言葉を選んでいく。
「ステファンは最初に『どこかで会ったことがある気がする』って言ってたでしょ?
それが『そう』なんだ」
「……だからそれは、どういう意味なんだ?」
私は天井を見上げ、空の向こうに居る神様を見つめた。
「今は忘れられてしまった、とっても昔の話。
人は死ぬと『創世神』の元に召し上げられるって言われてた。
そしてまた地上に戻されるって信じられてたんだよ」
「それは『創竜神』の話じゃないのか?」
「きっと、時代が流れて神話が混ざっちゃったんだと思う。
本来は『創世神』の神話なんだ、生まれ変わりって」
ステファンは戸惑うような表情で、だけど黙って私を見つめていた。
「人は生まれてくる前、死んでしまった別の人だった。
死ぬと新しい人として生まれてくるんだ。
『人じゃないもの』に生まれ変わることも、あるらしいんだけどね」
「どこでそれを? また夢の中の話か?」
私は頷いて答える。
「……そう、夢の話。
そしてそれは、私が生まれる前の『別の私』だった時の記憶」
「じゃあメルフィナは、生まれ変わりだというのか?」
「私だけじゃなく、今生きてる人、みんながそうだって話。
でも生まれ変わる時に、創世神の所に記憶は置いてくるらしいんだ。
だから生まれてくる人は、真っ白な状態で生まれてくる」
ステファンが戸惑うように手を動かして告げる。
「なのに、その置いてくるはずのものを夢で見たのか?」
私は頷いて答える。
「そういうこと。私は前世で、ケーニヒと一緒に旅をした記憶があるんだ。
ケーニヒにも、同じ記憶があるの」
ステファンがケーニヒを茫然と見つめた。
『すぐには信じられない』――そんな顔をしている。
ケーニヒは不敵な笑みを浮かべて私を見つめていた。
私はケーニヒの目を見てから、ステファンに告げる。
「そしてステファンは、その記憶を創世神の所に置いてきた人。
でも『記憶の欠片』だけは持ってこれた。
だから私を見て『どこかで会った気がする』って思ったんだよ」
ステファンが目を見開いて私を見つめた。
「……俺も、お前たちと旅をしたのか」
「してたよー。ステファンが大好きな『勇者の叙事詩』、覚えてる?」
ステファンが頷いて答える。
「ああ……って! まさか、その中の人物なのか?!」
私も頷いて答える。
「そう。さっき確信したんだけどね。
ステファンが勇者――『ハインツ』の生まれ変わり。
私が女魔導士――『カリナ』の生まれ変わり。
そしてサラ様が『聖女コルネリア』の生まれ変わりだよ」
ステファンは私の言葉を咀嚼するように、なんどか名前を口にしていた。
「……ケーニヒは?」
「ケーニヒは叙事詩に登場しないんだ。
多分、ケーニヒを嫌っていた『聖女コルネリア』が、後世に残さなかったんだと思う。
――ケーニヒはね、勇者パーティに同行してた魔族だよ」
「――魔族が?! 魔族が勇者と同行してたってのか?!
そんなのあり得ないだろう!
だって、魔族の王が魔王だろう?!」
ケーニヒが鼻で笑いながら告げる。
「在り得るも何も、眼前にある事実だ。
物語など、大なり小なり歪んで伝わるものだろうが」
ステファンがケーニヒを睨みつけて告げる。
「さっき『人が生まれ変わる時』とメルフィナは言ったじゃないか!
魔族なのに、神の元へ召されるというのか?!
紙と魔族は敵対する存在だろう?!」
ケーニヒがステファンを子馬鹿にしたように小さく息をついた。
「実際、こうして召されて生まれ変わった。
――いや、俺やメルフィナにも、創世神を見た記憶などないがな。
少なくとも魔族だった俺は生まれ変わり、今こうしてここに居る」
ステファンが茫然とケーニヒの顔を見つめていた。
……まだ、私たちの話を『受け入れられない』って思ってるのかな。
私は苦笑を浮かべて告げる。
「ほらね? 全部話しても、信じてもらえないでしょ?」
あはは、と私は笑っていた。
私がどんなに信じても、ステファンは同じ信頼を返してくれない。
……思っていた通りとはいえ、実施に突き付けれると――やっぱり辛い
そんな私の顔を、ケーニヒは静かに見つめていた。
その金色の瞳が見守ってくれているから、私は逃げ出さずに済んでいる気がした。




