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第19話 お見舞い(1)

 ステファンがベッドサイドの椅子にギシリ、と音を立てて腰を下ろした。


 少しの間があり、彼が告げる。


「……体は、もう大丈夫か」


 やっぱり、ぎこちない。


「うん、体調はもう大丈夫!

 ただ、念のために安静にしてろってお父様に言われたんだよ!」


 私は笑って答えた。


 ――いつものように、笑えてるといいのだけど。


「あの男、ケーニヒ第一皇子とは……本当に初めて会ったのか」


 私の笑顔が凍り付いた。


 ため息をつき、笑顔の仮面を脱いで(うつむ)いた。


「……そうだよ」


「ではなぜ、ああも親しげだったんだ?」


 ステファンが身を乗り出してくる気配がした。


 でも、なんて言えば分かってもらえる?


 私が黙っていると、ステファンが告げる。


「俺には言えないこと、なのか」


「もう少し――もう少しだけ待ってもらえるかな。

 今は何をどこまで話したらいいのか、私には決められないから」


「全てを話してはくれないのか」


 私は少しだけ顔を上げて、ステファンの目を見て答える。


「……話したら、それを信じてくれるの?

 それが『どんなに信じられないこと』だとしても?」


 ステファンは困惑したように眉をひそめた。


 しばらく待ったけど、彼が言葉を返してくれる様子はなかった。


「――ほら、やっぱり時間が足りなかった」


 私は顔を上げステファンを見て、ニッコリと微笑(ほほえ)んだ。


「私が我慢すれば『ちょっとくらい時間が足りなくても何とかなる』って、そう思ってた。

 ……でも、思い上がりだったね」


 自然と笑みがこぼれていた――自嘲の笑みが。


「メルフィナ」


「なーに?」


「すまなかった」


 ステファンが私に頭を下げていた。


 私はきょとんとしてステファンの頭を見つめる。


「なんでステファンが謝るの?」


「俺がお前に甘えすぎていた。

 お前のことを、きちんと考えていなかったんだ。

 それを今、気づかされた」


 ――『今』か。そっか。でも、気づいてはくれたんだ?


 ステファンが顔を上げて私に告げる。


「……まだ、間に合うだろうか」


「何に、かな」


「俺とお前は、また元の関係に戻れるだろうか」


 自分の心に聞いてみた。今のステファンと、元の関係に――。


「……まだ、わからない」


「ケーニヒは……お前になんて言ってたんだ?」


「『今は休め』って。『いくらでも待つ』って」


 そう。彼はそう言ってくれた。


 それでとても心が落ち着いたのを、よく覚えていた。


「あいつは、どんな奴なんだ?」


 私は天井を見上げて答える。


「……いっつも場を乱しては、『私』を困らせるトラブルメーカー。

 でも『私』の言うことだけは、いつも信じてくれた。

 口癖のように『俺はお前だけの味方だ』って言うの」


 ステファンは黙って私の言葉に耳を傾けているようだった。


「でも『私』が『仲間を助けて』って言えば、ちゃんと助けてくれた。

 ――嫌そうな顔をしながらだけどね?

 『私』のお願いは、できる限り応えてくれた」


 『カリナ』の記憶が懐かしくて、自然と笑みがこぼれていた。


 ステファンが私の左手を指差した。


「それ、寝る時でも付けてるのか」


 彼の視線は、黒い指輪に注がれていた。


「……今の私にとっては、お守りだから」


 私の左手には、ステファンからもらった婚約指輪と、ケーニヒからもらった黒い指輪が同居していた。


「……婚約を後悔してるのか?」


「……それもまだ、わからない」


 ステファンが小さく息をついた。


「わかった。また明日も来る。

 ……来て、いいか?」


 私は小さく(うなず)いた。


「うん……いいよ」


 ステファンも(うなず)いた(あと)、私の部屋から出ていった。



 彼の背中を見送りながら、控えて居るカタリナに(たず)ねる。


「これで……よかったのかな」


「……私から申し上げられることがあるとすれば、一つだけです」


「なにかな?」


「お嬢様は、ステファン殿下に笑いかけてらっしゃる時、とてもお(つら)そうでした。

 ですが、ケーニヒ殿下のことを話す時は、とても穏やかに笑ってらっしゃいました」


 私は左手の黒い指輪に目を落とした。


「……そっか」


 私は枕元から読みかけの魔導書を取り出して開き、ページをめくり始めた。





****


 夜になり、ベッドに月光が差し込んでいた。


 私はまた、左手の黒い指輪を(なが)めている。


「……ねぇケーニヒ、聞こえてる?」


『……どうした、今日も泣き言か?』


 私はほほを緩ませて答える。


「今日はね、ちょっとほうこくー」


『ほう? どんな話だ?』


 なんだか嬉しそうな声が返ってきたな。


「私は今ね、ケーニヒから『安心』をもらってるらしいよ?」


『そうか、お前の力になれているなら、それは喜ばしいことだ』


「そしてね……ステファンからは、『不安』をもらってるらしいよ」


 私の表情が力を無くしていった。


『フン……まぁそうだろうな』


 今度はちょっとつまらなそうな声が返ってきた。


「私は、どっちを選ぶんだろうね」


『それはお前が決めることだ』


 またそれかー。


「うーん、ケーニヒはこういう時の相談相手にならないかー」


『だが、今日のお前の声は弾んでいる。

 良いことがあったというのだけは分かる』


 良いこと? なんだろうな。自分でもよく分からない。


「……ねぇケーニヒ。この指輪って、あとどれくらい使えるのかな」


 普通、魔道具には燃料となる魔石が埋め込まれてる。


 それを取り換えなければ、魔石が力尽きた時が魔道具の寿命。


 この指輪には、魔石の取り外し箇所がないように見える――使い切りの魔道具だ。


『そうだな……こうして話をするだけなら、あまり気にしなくていい』


「使用回数が決まってるの?」


『そうではない――まぁ、お前が気にすることではない。

 だが無駄遣いはするな』


「はーい……じゃあ、もう寝るね。おやすみ」


『ああ、今夜もゆっくり寝ろ』



 ケーニヒの声が途絶え、部屋に静寂が降りてくる。


「えへへ……」


 私は、その黒い指輪を月にかざして笑っていた。





****


 翌日の朝は、シュバイクおじさまと食卓を囲んでいた。


「ねぇおじさま。クラウスの行方は見つかった?」


「いや、どこに潜伏しているのかすら分かっていない。

 こうなるとなまじ優秀なだけに、手におえないね」


 おじさまの表情は暗い。


 懐刀に裏切られたんだし、しょうがないか。


「そっかー。なんで私に毒なんて盛ったんだろう?」


「クラウスはサラ嬢と親しかったのかもしれないね。

 それで復讐に手を貸したんじゃないかな」


「そうだ、サラ様はどうなっちゃうの?」


 おじさまがため息をついた。


「王家からの急な婚約破棄、そして()を置かずにお前と婚約だ。

 気持ちの整理を付けられなかったのだろう。

 陛下も温情を与えて、サラ様の王都追放で済ますそうだ。

 どちらにせよ、暗殺未遂(あんなこと)があってはもう、社交界には帰って来られまい」


「そっか……」



 その日の朝食は、なんだか美味しくなかった。





****


 王都から出ていく一台の馬車。ノウマン侯爵家の家紋が入ったその馬車に近づく姿があった。


 馬車がゆっくりと停車し、フードを被った男が近づいていく。


 窓から顔を出したサラが、憔悴した顔で男に告げる。


「まだこんなところに居たの? 早く身を隠しなさい。

 あなたは捕まれば、刑罰が待っているのよ?」


「……いえサラ様。どうかこの身、御身にお仕えすることをお許しください。

 たとえ地の果てでも、お仕えして見せます」


 サラが柔らかい微笑(ほほえ)みを浮かべて答える。


「馬鹿な人ね……私なんて見捨てればいいのに。

 騎士の道まで諦めて、私にそんな価値はないのよ?」


 フードの男が首を横に振った。


「私は貴女(あなた)にお仕えすると決めたのです。

 心が(いただ)けぬなら、せめて最後までお(そば)に」


 サラが静かに馬車のドアを開けた。


 フードの男が迷いなく乗り込むと、馬車は再び走り出した。


 馬車はノウマン侯爵領へ向け、まっすぐに駆けて行った。


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