第17話 辛辣な問い
焚火を囲みながら、私たちは食事をとっていた。
魔族であるゾーンは人間とは食事が違うらしく、ただ黙って私たちを見ていた。
「ねぇゾーン、君は人間の食事がそんなに面白いの?」
ゾーンはニヤリと微笑んで答える。
「面白いから見ているのではない。
これが俺の『食事』なのだ。
『人間の感情』、それが俺たち魔族の食料だからな」
「へぇ、面白い生態をしてるんだね」
私は根菜のスープを一口飲んでからゾーンに告げる。
「今はどんな感情を食べてるの?」
「そうだな……お前の『美味い』という喜び、そして他の奴らの『不信』や『疑念』。
やはりまだ、俺は信用されてはいないらしい」
ハインツが眉をひそめた。
「昨日まで命の取り合いをしていた奴を、すぐに信用しろって方が無理だろ。
仲間として認めるのは無理がある」
ゾーンが楽しそうに笑って答える。
「まぁそうだろうな。
何より俺はお前たちの仲間になったつもりはない。
俺は『カリナだけの味方』だ」
私も眉をひそめてゾーンに尋ねる。
「私だけの味方って、どういう意味?」
「そのままさ。
いいかカリナ、忘れるな。『俺はお前だけの味方』だ。
お前が悲しむから他の奴らも殺さん。それだけの話だ」
「なーにそれ。魔王の息子の癖に、そんなことで務まるの?」
「今はお前の味方だ。魔王軍を敵に回すことも些事に過ぎん。
俺には関係がないし、興味がない」
ハインツが呆れたように告げる。
「とんだ変わり者だな、ゾーン。
まさかその調子で最後まで付いてくる気か?」
「当たり前だろう? 何を言っているんだこの馬鹿は」
「誰が馬鹿だ!」
言い合いをしている間も、ゾーンの視線は私から全く離れなかった。
この世のものとは思えない美貌の持ち主にこうも見つめられると、妙に落ち着かない。
その金色の瞳に、胸が跳ねる自分を自覚する。
……うーん、浮気者になったつもりはないんだけど、あの美貌が良くないなぁ。
早く慣れないと……慣れるのかなぁ?
ゾーンは私が眠るまで、私を見つめ続けていた。
****
――目を開けると、控室の天井が見えた。
ケーニヒはまだ、黙って私の手を握ってくれている。
「どうした、まだ眠っていても大丈夫だぞ」
金色の瞳は、今も私を見つめていた。
前世と変わらない、直向きな瞳。
「ねぇケーニヒ、サラ様はもしかして『聖女コルネリア』の生まれ変わりなのかな」
「まぁそうだろうな。魂の波動がよく似ている。
外見も似ているし、ほぼ間違いあるまい」
やっぱりそうなのか。
『カリナ』、『ハインツ』、『コルネリア』、そして『ゾーン』。
「ねぇ、どうしてあの時の勇者パーティが同時に、同じ時代に生まれ変わってるんだろう」
ケーニヒがフッと笑って答える。
「さぁな。言ったろう? 俺にも創世神の考えることはわからん。
偶然ではあるまい。だがその意味を聞く方法はない」
死んだ魂は創世神の元へ送られ、地上に戻される。
少なくとも『カリナ』の時代ではそう信じられてきた。
神々から直接言葉を聞けたあの時代の話なのだから、それはきっと真実なのだろう。
「あの頃の神殿って、まだ残ってないの?」
「調べたが、機能する神殿は見つかっていない。
今は古代遺跡と呼ばれているが、祭壇が破壊されているものばかりのようだ。
神々の言葉は、もう聞く手段があるまい」
「そっか……」
私の脳裏に、バルコニーでのやり取りがよぎった。
「ねぇケーニヒ、なぜバルコニーではあんな風にステファンを煽ったの?
あれで私とステファンの仲を裂けるとでも思ったの?」
「奴自身が自覚していない罪を暴き立てただけだ。
お前も少しは自覚しただろう?」
私はさっきの疑問をぶつけてみることにした。
「それで私が君を選ぶとでも思ったの?」
ケーニヒが苦笑した――彼のそんな表情は、『カリナ』の記憶でも珍しかった。
「中々辛辣な問いだな。
現状はお前が思っている通りだろう」
――やっぱり、彼はちゃんと『私の心』も理解してる。
「じゃあ、なんで?」
「今は無理だ。だがお前があの男に幻滅すれば、話が変わってくる。
その時ようやく俺が選択肢として浮上する。
だから俺はあの男を責める」
「……あの程度じゃ、私は幻滅なんてしないよ」
「今はそうだろう。だが時間の問題だ。
そのうち『お前がお前を選ぶ時』が来る。この国よりも、自分自身を選ぶ日がな。
それこそが俺が選ばれる時だ」
私は眉をひそめて尋ねる。
「それは、どういう意味?」
「お前が『お前を選ぶ』なら、必ず相手として俺を選ぶ。
必ずだ。あの男ではない。
お前のためだけに生きることができるのは、俺だけだ」
「……君も、ステファンに負けず劣らずの自信家なんだね」
ケーニヒは「ハッ!」と吐き捨てて肩をすくめた。
「あの男と一緒にされると、反吐が出そうになる」
……そういうところ、『ゾーン』の時から変わらないんだね。
ドアがノックされ、「失礼します」というカタリナの声が聞こえた。
すぐに慌てるような気配がし始める。
「メルフィナお嬢様! どこに居らっしゃいますか!」
「こっちだよ、カタリナ!」
まだ眩暈は治まらないけど、声は出るみたいだ。
カタリナが衝立を回り込み、ベッドの傍に来た。
だけどケーニヒを見て怯んでしまったようだ。
「お嬢様、なぜケーニヒ殿下がこちらに?」
「危ないところを助けてもらったんだ」
衝立からステファンが顔を出した。どうやらカタリナが連れてきてくれたみたいだ。
ステファンが怪訝な顔で告げる。
「危ないところとは?」
「サラ様にナイフで襲われたんだよ。
そっちにいらっしゃるでしょ?
身柄を拘束しておいてもらえる?」
「わかった。少し待ってろ」
ステファンが衝立の向こうに消え、部屋から出ていく気配がした。
****
時計の音だけが控室に響いていた。
カタリナが不安気に私とケーニヒを見つめている。
まぁそうだよね。今まで『メルフィナとしては』会ったことがない人だし。
「カタリナ、この人は心配いらないよ。
『昔から』の恩人なんだ。そう、遠い昔からの」
「はぁ……恩人、ですか」
カタリナは私の侍女を務めて長い。
そんな彼女が知らない『恩人』なんて、すぐには信じられないかもしれない。
それでも、これで少しは警戒心が解けるといいんだけど。
「……でもね、昔から場を乱すのが大好きな人だった。
ケーニヒにステファンと私の仲をかき乱されて、このざまなんだ」
私は自重して嗤った。
さっきだって、ステファンは私とケーニヒを疑う視線を崩さなかった。
私の身を案じる言葉すらかけず、まず疑いの目を向けた。
……私たちの仲って、そんな脆いものだったのかな。
ケーニヒの手が私の頬を優しく撫でる。
「メルフィナ、お前が悪いのではない。
悪いのはあの男だ。自分を責めるな」
「婚約発表の晴れの舞台で、こんな無様を晒して……。
責めるなという方が無理だよ。
自分がこんなにも無力だとは思わなかった」
今の私に、ステファンの猜疑心を溶かす方法はなさそうに思える。
どうしたら信じてもらえるのだろう。
今もこうして見つめてくる金色の瞳のような全幅の信頼。
それを、どうやったらステファンの心に取り戻せるだろうか。
「お前は前から忠告していたはずだ。
おそらく『時間が足りない』とな。その結果がこれだ。
この結果を招いたのはステファンの決断で、お前のせいじゃない」
「……時間があれば、違う結果になったのかな」
「お前たちがもっと信頼関係を積み上げていれば、あの程度で揺るぎはしなかったさ。
『カリナ』と『ハインツ』のようにな」
「……それを全て見抜いたうえで、君はステファンを煽ったんでしょ?」
ケーニヒが小さく息をついた。
「そうだな」
「……君の目的は何?」
「お前の幸福だ。
忘れるな。いつでも、どこまでも『俺はお前だけの味方』だ」
「……私たちは、あのままではいけなかったの?」
「あのままではメルフィナが磨り潰されるだけだったろう。
俺はそれが我慢ならん。そう言ったはずだ」
思いが言葉にならなかった。
その想いすら、千々に乱れてまとまらない。
私とステファンは、これからどうしたらいいの?
金色の瞳は、ただ静かに優しく私の心を見守ってくれていた。